企業に勤務した後、スタンフォード大学ビジネススクールに留学しMBAを取得した石黒不二代社長。留学がキャリアの転換点になり、その後、会社を起こすことになる。自身の経験を踏まえ、経営者として、ビジネスパーソンが大学院で学ぶ意味をどうとらえるか、話を聞いた。

ネットイヤーグループ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO 石黒 不二代 氏

 

キャリアの転換点に

 「ちょうど人生の中で、キャリアの転換点が来ている時でした」と石黒氏は語る。
「家族のことやお金のことなども併せて考慮しながら、キャリアチェンジを考えたときに、海外に行くこと、そしてビジネススクールに行くことを決めました」

その後のキャリアをIT業界で築きたいと考えていた石黒氏は、数ある海外のビジネススクールの中から、「ITど真ん中」であるスタンフォード大学のビジネススクールを選んだ。石黒氏が入学した1992年当時、日本ではバブルが崩壊し、他方で卒業時の1994年にはアメリカでドットコムバブルと呼ばれるITバブルが興っていた。

「ちょうどIT分野の学生は市場性がある時期でした。ラッキーなことに、IT関係のビジネスを作るスキルが社会に求められる時代になっていたのです。社会が何を求めるかというのは時勢に左右されるものなので予測するのはなかなか難しいですが、自分のキャリアの中である程度予測しながら、大学院に入るタイミングや行き場所を考えることも大事だと思います」

石黒氏が入学した当時のスタンフォード大学は、成長目覚ましいシリコンバレーと並走して、産学協同の試みで企業との連携を強めていく、変革期のさなかにあった。

「大学院に通いながら、大学院の中から革新的な産業が出てくるのを目の当たりにしました」と石黒氏は振り返る。「当時の大学の経営変革はそのまま、会社経営の一つのモデルでした」
 

ビジネスパーソンが大学院で学ぶ意味

 ビジネススクールの授業は事例研究が主体だった。すべての科目に答えがあるわけではない。学生たちは、授業で登場する事例に対し、実践的な手法で戦略を考え、チームを作って最善解を見つけていく。そこには、一会社員の目線だけではなく、全体を俯瞰してみる経営者としての目線が必要不可欠だ。

「経営者の視点を学ぶということは、広い視野を持って、総合的な見方を身につけるということです。決断つまり意思決定の方法を学ぶということでもあります」と石黒氏は、ビジネススクールならではの学びを分析する。

「経営の側から今、同じことを私は会社で、社員にも推奨しています。自分のポジションだけではなく、課長なら部長、部長なら社長といった、一段上のポジションの考え方で物事を見てほしい。そういった視点を持つ人材がもっと増えてほしいと、常々社員にも話しています」

広い視野も総合的な見方も、閉じた会社の中では一朝一夕で身につけられるものではない。大学院という会社の外にある空間では、多様なバックグラウンドを持つ学生仲間たちからのたくさんのインプットがある。フラットな学生同士の関係で、彼らのバラエティに富んだ経験が共有されることで、視野は一気に広がる。その中で学んだ学生は、ひとつの立場での目線を越えた目線を、会社や社会へ持ち帰ることができる。

ビジネスパーソンが大学院やビジネススクールで学ぶことで、企業にもたらす価値はここにあるのだという。

「ビジネススクールが創設されたころは、ビジネスは学べるのか?という問いがありましたが、経営はサイエンス。多様なバックグラウンドの人材を説得できる手法の一つです。ビジネスを学問として学ぶことで、経営に関して起こる事象を合理的に説明できるようになることには大きな意義があります」
 

大学院で得たヒント

 石黒氏はビジネススクールを卒業し、勃興期のシリコンバレーの大手ソフトウェア会社でインターンをした後、自身で会社を起こす。そこから経営者としてのキャリアが始まる。

「組織を作るときのヒントをもらったのもビジネススクールでした」
「ビジネススクールで学んだのは、競争より協働だということ。成績を競争させるよりも、みんなで一緒に働いて、答えのないものに最善解を出していくということです。自分やまわりの人材の強みを生かしていかに良い会社を作っていくかということに通じる、根幹的な学びがそこにありました。例えばエンジニアがただ技術を競うのではなく、マネジメントが強い人と組んだり、ファイナンスが強い人と組んだりすることによってどういう相乗効果が生まれるかということを考えます」

「競争より協働」という考え方は、その後の会社経営において、組織論や人事のあり方を考える上でも生きてきたという。
 

これからの日本企業への期待

 「社会人が大学院で学ぶことで、自身のキャリアにも、それを受け入れる会社の側にも、役立つことがたくさんあります。しかし、今の日本では残念ながら、キャリアの途中に大学院で学べるような仕組みや、学んできた人たちの経験を生かすことができる仕組みが発達していないことも多い」と石黒氏は警鐘を鳴らす。

日本では今、少子化が進み、労働の流動性も低くなっている。そんな中、会社の外部で多様な経験を積んだ人材を活用できないままでは、企業の体力を落とすことにもなる。

「会社という閉じた場所をいったん出た人材が、戻って活躍するようになることで、会社にもスピード感が出るでしょう。また、多様な見方を持つ人材が働くことで、グローバル化の波を乗り越えて変化に耐えていくこともできるはずです」

社会人がキャリアの途中で大学院に学ぶことは、世界では当たり前のことだ。ビジネススクール出身者の活躍も世界中で目覚ましい。

「一度外に出て学ぶのはいい経験です。それを企業の側も理解して、積極的に優秀な人材を学びに出せるように、また、戻ってくる人材を生かす環境を整えられるように、変化していくことが望ましい」と石黒氏は締めくくった。



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