東京・神楽坂が育てた世界最高のフランス料理

地域に対する尊敬が斬新なアイデアと味を生み出す

2010.06.09(Wed) 鈴木 春恵
筆者プロフィール&コラム概要

 来日した翌年の秋、つまり1996年に、ラシェさんは最初のクレープ店をこの神楽坂でスタートさせた。

路地裏の通り沿いにひっそりと開店

 「初めの4カ月、私は休みを取らずに、2人の従業員と一緒に働きました。当時は皿洗い機もなし。もちろん、私自身がクレープを焼きましたよ」

 店の立地はメーンの表通りではなくて、1本引っ込んだ通り。日曜日には人通りがほとんどなくなるような場所に落ち着いたこのフランス人を、初めはみな「頭のおかしな人」と思っていたに違いないと彼は言う。

 しかし、この無謀とも見えた取り組みにも、入念な準備があった。まず、来日して初めの3カ月は日本語習得に専心。その後、当時一世を風靡した100%パリ風のカフェ「オーバカナル」のレストラン部門のディレクターとして1年間働く。

 もちろん、彼のスイスでの経験をもってすれば、「タイユバンロブション」とか「トゥールダルジャン」という、東京のトップクラスの店という選択もあった。

 しかもこの方が実入りがいい。けれども、将来のクレープ店がターゲットとするお客さんの動向を観察するために、彼はカフェの方を選んだ。さらにその間、自宅では毎週末クレープを焼いた。

日本の素材に対するこだわり

 「焼き方もそうですけれども、むしろそば粉の配合を研究するためにね」

 ラシェさんは、できるだけ日本で調達できる素材ということにこだわった。日本のそば粉とフランスのそれは、種類もひき方も同じではない。

 けれども、現地で入手できるもので、できるだけ本場の味に近づけるということで、研究の末に、3種類のそば粉を混ぜるというオリジナルブレンドを開発。

 さらに、スイス産のグリュイエールチーズや、日本ではまだ馴染みのないアーティチョークなどのほかは、野菜やハム、乳製品もできるかぎり上質な日本産にこだわっている。

 「キャラメルサレ(塩キャラメル)も自家製です。これは日本初だったと思います。その後ブームが起きましたけれども」

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出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめ、ヨーロッパの風土や文化、人々の暮らしをテーマにした取材を、文と写真で展開している。


欧州

欧州は観光ばかりでなく農業や地方の活性化、また少子高齢化対策などでも日本が学ぶべき点が多い。日本が課題とするこうした点を欧州ではどのように克服しようとしているのかの実例をお送りする。また、欧州で高く評価される日本の芸術・文化などのソフトパワーについてレポートする。