東京・神楽坂が育てた世界最高のフランス料理

地域に対する尊敬が斬新なアイデアと味を生み出す

2010.06.09(Wed) 鈴木 春恵
筆者プロフィール&コラム概要

 先週に引き続き、ブルターニュ地方はカンカールの町の食の話題。モンサンミッシェル湾に突き出した防波堤の付け根のところ、牡蠣の養殖場にも近く、週末ともなればツーリストでにぎわう海沿いの街並みの一角に、1軒のクレープ屋さんがある。

東京の行列ができるクレープ店がフランスに凱旋

海に張り出した桟橋から見た、カンカールの海辺の町並み

その名は「ブレッツ・カフェ」。土地の言葉で、「ブルターニュのカフェ」という意味があるという。

 都会の食事情に詳しい方ならお気づきかもしれないが、これは、新宿のタカシマヤ、銀座、横浜の赤レンガ街、名古屋にもあるあのクレープ店と同じ店。

 さらに、本格クレープや塩キャラメルを広める元になった東京・神楽坂の行列のできるクレープ店「ル・ブルターニュ」も、また同じ系列。

 つまり、これらはすべて、1人のオーナーの発想から始まった。ベルトラン・ラシェさん。1966年、ブルターニュ生まれのフランス人である。

 そもそも彼が日本でクレープ屋さんを始めるきっかけになったのは、スイスのジュネーブで日本人女性と出会ったことに始まる。

 レストラン業のプロになるための学校を卒業した後、彼はジュネーブの高級レストランでディレクターとして働いていたが、そこで調香師として活躍していた日本人女性と知り合い、結婚することになる。

両国や広尾とは別の伝統的な日本が神楽坂にあった

 「当時、既に自分のレストランを持ちたいという志を持っていました。お互いの仕事から言って、パリに拠点を移すという選択肢もあったのですが、結婚する以上は相手の国の言葉と文化を理解する必要があると思った。それで東京に行くことを決めたんです」

 レストランをやりたいという気持ちを持ちながら、東京での生活を始めたのが1995年のこと。間もなく子宝にも恵まれた2人は、神楽坂に居を定めた。

 「最初の6カ月は両国にも暮らしました。毎日、自転車に乗った相撲取りに会ったりして、これはまさに夢のようだったけれども、外国人が暮らすには、当時まだまだトラディショネル過ぎた」

 「ほかにもたくさんの界隈を見ました。広尾とか。しかしここは何か、表面的な感じがした。ビジネスをするにはいいかもしれないけれども、そこで子供を育てたいと思う場所ではなかった」

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出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめ、ヨーロッパの風土や文化、人々の暮らしをテーマにした取材を、文と写真で展開している。


欧州

欧州は観光ばかりでなく農業や地方の活性化、また少子高齢化対策などでも日本が学ぶべき点が多い。日本が課題とするこうした点を欧州ではどのように克服しようとしているのかの実例をお送りする。また、欧州で高く評価される日本の芸術・文化などのソフトパワーについてレポートする。