東京・神楽坂が育てた世界最高のフランス料理

地域に対する尊敬が斬新なアイデアと味を生み出す

2010.06.09(Wed) 鈴木 春恵
筆者プロフィール&コラム概要

 そのために、彼は本家本元、つまり彼の生まれ故郷にもクレープ店を開き、そこをスタッフの研修の場にもしてきた。そして2005年には、冒頭で触れたカンカールの港の「ブレッツ・カフェ」をオープンさせ、ここにも日本からのスタッフを呼び寄せている。

地元のブルターニュに日本の従業員を大量に呼び寄せる

 それはワーキングホリデーを利用した研修のこともあるし、各店の責任者クラスになると、もう既に3回から6回はブルターニュを訪れていて、クレープ作りのスキルを学ぶだけではなく、田舎を訪れ、ラシェさんの両親に接したりしながら、この土地の風土を肌で知る。

 そうすることによって、日本のお客さんにブルターニュのことが語れるようになるのだという。

 ちなみに、ラシェさん夫妻には5人の子供がいる。15歳を筆頭に下は4カ月まで。これまでの大半はラシェさん自身も東京にいることが多かったのだが、彼の母親が他界し、父親1人が人里離れた農家で暮らし続けることになったのを機に、その世話をする目的もあってなるべく実家に戻るようにしている。それも子供たちを連れて。

 「親が会社経営をしているような、経済的にある程度恵まれた環境に生まれているからなおさら、生きるということはそんなに簡単なものではないということを知ってもらいたいと思っています」

 「子供の頃の家は裕福ではなく、といって貧しいわけでもなく。けれど、そんなにお金はなくとも幸せだった。レストラン学校の同級生たちには、子供の頃からレストランで食事をするのが当たり前だった人もいましたけれども、私にはそれがない」

 「しかし、親たちが丹精したものを食べて育ったことが、本当に豊かなことだったと今は思います。だから、自分の子供たちにも、そういう原点の暮らし、ルーツを知ってほしいと思うのです」

ブルターニュに最高の日本料理店を

カンカールの「ブレッツ・カフェ」。2階は3カ月ほ ど前にオープンした日本食レストラン「久高」、さらに上がフランス風ペンション「シャンブルドット」になっている。

 初めて山を見たのは19歳の時と語るラシェさん。幼い頃の両親と一緒の余暇と言えば、日帰りのピクニック。岬の上でサンドイッチをほおばりながら、対岸に広がるカンカールの街並みを眺めていたものだった。

 そして今、まさにその街並みの一角にクレープ店を構えているのである。しかも、この建物は1階だけではなく丸ごと全部が彼の所有で、つい最近になって、上階に宿泊施設と日本食レストランをオープンさせている。

 「15年の日本での経験が、今度は日本というものをブルターニュに紹介したいという欲求につながったのです。フランスでよく目にするまがいものの日本食レストランの存在に、我慢ならなかった」

 レストランの名前は「久高」。これはシェフの久高章郎(くだか・ふみお)氏の名字から取った命名である。ラシェさんと久高氏とは10年来の友人。久高氏の奥さんがブルターニュ出身で、東京のクレープ店のお客さんだったという経緯もある。

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出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめ、ヨーロッパの風土や文化、人々の暮らしをテーマにした取材を、文と写真で展開している。


欧州

欧州は観光ばかりでなく農業や地方の活性化、また少子高齢化対策などでも日本が学ぶべき点が多い。日本が課題とするこうした点を欧州ではどのように克服しようとしているのかの実例をお送りする。また、欧州で高く評価される日本の芸術・文化などのソフトパワーについてレポートする。