「焼肉」は日本で独自に発展した料理だった

調理法も器具も日本オリジナル

2012.02.10(Fri) 澁川 祐子
筆者プロフィール&コラム概要

 韓国の焼肉屋は、基本的にカルビならカルビ、内臓系なら内臓系と店が分かれている。だが、日本の焼肉屋ではいろんな部位の肉を選んで食べられる。日本の焼き肉屋のバラエティ化は、この頃すでに始まっていたのである。

調味料と器具でさらに「日本の焼肉」化

 1950年代後半から60年代にかけて高度成長期とともに、一躍人気メニューとなっていった焼肉。さらにその普及を後押ししたモノがある。

 1つは、焼肉のタレの発売だ。1968(昭和43)年、エバラ食品は家庭でも手軽に焼肉を楽しめるようにと醤油ベースの「焼肉のたれ」を商品化。タレを肉にもみ込めば、本格的な味が楽しめるとあって、大ヒットにつながった。

 さらに、このタレは思わぬ食べ方につながった。肉を素焼きしてからタレをつけて食べる日本独自の「つけダレ」文化を生んだのだ。タレをもみ込んだ肉を焼くと、肉は焦げつきやすくなり、臭いやすい。一方、後からタレをつけて食べれば、焦げや煙も防げる。「つけダレ」として使われることで、より家庭に受け入れられるようになったのである。

タレの開発とヒットが焼肉を身近なものにした

 もう1つは、「無煙ロースター」の登場である。それまで焼肉屋と言えば、もうもうと煙でいぶされるのを覚悟で行かねばならなかった。ゆえに女性や子どもからは敬遠されがちだった。それが、煙を吸うロースターが登場したことで、家族連れを取り込むことに成功したのである。

 商品化にこぎつけたのは、名古屋にある「シンポ」という会社だ。1979(昭和54)年にその第1号が完成。広告を打ったところ、前述の老舗「食道園」の社長の目に止まり、すぐに導入が決まった。これをきっかけに、またたくまに全国の焼肉屋で無煙ロースターが標準装備となっていく。

 こうして1980年代になってようやく、現在の焼肉屋のスタイルが確立された。日本で生まれた「つけダレ」の食べ方や「無煙ロースター」は、今や韓国に逆輸入されている。

 ちょっと前に流行って定着したのは、ごま油とネギを塩胡椒で味つけしたネギ塩もの。最近では、分厚い肉を塩だけで食べたり、わさび醤油で食べたり、肉本来の味を生かす食べ方が増えている。「日本の焼肉」は、まだまだ変化の途上にある。

 焼いた肉をいかに美味しく食べるか。シンプルな料理だけに、焼肉は日本人の創意工夫を掻き立ててやまない。 (文中敬称略)

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1974年、神奈川県生まれ。東京都立大学人文学部を卒業後、フリーのライターとして食や工芸・デザインを中心に、読むこと、食べること、暮らすことをテーマとしたインタビューやルポ、書評を執筆。『森正洋の言葉。デザインの言葉。』(ナガオカケンメイ監修、美術出版社)、『最高に美しいうつわ』(SML監修、エクスナレッジ)の取材構成ほか、近著に当連載をまとめた『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)がある。


食の源流探訪

日本人が日常茶飯としている定番食。あまたある食べものの中で、
なぜそれが定番になり得たのか。どのように日本化されていったのか。
「新・日本食」の源流からの流れを、歴史をひもときながら考察する。