海老天、海老フライ、エビグラタン――料理にエビが入ると、ちょっと特別で嬉しい気分になるのは私だけではあるまい。

 日本人のエビ好きは昔も今も変わらない。しかし、米国でも、健康志向から1990年代後半以降、エビの消費が急増し、日本は既に米国にエビ消費世界一の座を譲り渡している。かつてはエビの輸出大国だった中国でも国内需要が増加し、中国や東南アジアで生産したエビを日本が独占的に買い付ける時代は既に終わってしまったのだ。

 9割を輸入に依存した現状を放置したまま、安全で、おいしいエビを食べ続けることはできない。エビ作りのイノベーションに取り組む3人にスポットを当てて紹介しよう。(前回はこちら

日本初のインテリジェントビル建設のキーマン

野原節雄専務 (写真:前田せいめい)

 屋内型エビ生産システム(ISPS=Indoor Shrimp Production System)を開発したアイ・エム・ティー (IMT)の野原節雄専務はハザマ出身。ハザマが手掛けた日本初の本格的インテリジェントビルであるホンダの青山本社ビル(1985年竣工)の電気系統の設計責任者を務めた。その後も、東大の先端科学研究所の坂村健研究室に兼務出向するなどインテリジェントビル開発・研究に携わる最先端のエンジニアだった。

 そんな野原さんが、水産業と初めて接点を持ったのは1998年の秋のことだった。水産業者団体の大日本水産会が独自HACCP基準を策定するにあたり、建築の専門家として技術専門委員に招かれたのだ。

 「後継者不足、海洋汚染、気候変動による海水温の上昇――漁業を取り巻く環境は大きく変化しているのに、漁業自体は何も変わろうとしていないことに問題意識を持った」という。

国際競争力より漁民保護の水産行政

三上恒生社長 (写真:前田せいめい)

 当時、欧州では既に、魚の陸上養殖の研究が盛んになっており、民間企業主体でサーモンやアユ、ウナギなどの最新の「おさかな生産工場」が相次いでオープンしていた。

   大規模設備投資で近代的な機械システムを導入して、より効率の良い生産方法を追求するために、次々と技術革新が行われていたという。

 ところが、日本では、屋内養殖どころか、企業の農・漁業参入もままならない状況だった。「農林水産行政は、選挙民である漁民・農民保護に目が行き、産業としての国際競争力や、安全な食料確保といった視点がほとんどなかった。日本だけが、どんどん、取り残されていくような印象を持った」と言う。

 野原専務が三上恒生社長と知り合ったのは2000年頃。三上さんは、総合建設コンサルタントの日本工営に勤務していた。それぞれが会社で所属していたテニスサークルの交流で顔見知りとなり、野原さんから欧州での魚の陸上養殖の話を聞いた三上さんは、日本では誰もチャレンジしていない新しい取り組みに大きな可能性を感じたという。