人的資本の開示2年目を迎え、各企業は人的資本経営の実践段階にあるが、手探り状態のところも多い。そこで、「伊藤レポート」をまとめた一橋大学名誉教授伊藤邦雄氏が、統合報告書アワードを獲得した双日の人事担当本部長河西敏章氏に、経営戦略と人材戦略の連動の難しさ、対話におけるリスクなど、双日における情報開示と人事変革の実態について問う。
以下では、伊藤氏と河西氏が「真の人的資本経営の実現」に向けて必要なマインドセットや組織づくり、求められる行動変容などについて掘り下げた講演の骨子をお届けする。
※本稿は、Japan Innovation Review主催の「第3回 人的資本経営フォーラム」における「特別講演:企業価値を向上する真の人的資本経営の実現に向けて/伊藤邦雄氏、河西敏章氏」(2024年8月に配信)をもとに制作しています。
双日における人的資本経営の理想と実態
伊藤邦雄氏(以下、伊藤) 人的資本経営には、まだまだ課題が残されています。そこで、統合報告書づくりにおいて大変に高い評価を受けている双日の河西さんに、開示と人事変革の実態がどのように関連づけられているのかということを、お聞きしたいと思います。まずは、この1、2年で双日の人事を巡る動きは、どのように変わりましたか。
河西敏章氏(以下、河西) 私が着任して最初に行ったのは人事評価の見直しです。やはり、評価は人材育成の基本ですから、メリハリのある評価を行うために定期的な評価者会議の実施、ライン長の360度サーベイを開始し、今も続けています。
エンゲージメントサーベイによって得た客観データは、会社組織の活性化やイノベーティブなことができているかを判断する材料として大いに活用しています。また、課長や部長などに求める要件や資質を明示し、報酬や選抜の基準に用いています。
人事というのは定性的で、数字はあまり得意ではありません。そこで、データを解析して考察する組織として、21年の4月、人事の中にデジタルHR推進室(データを扱う専門組織)を作りました。人事の効果は遅効性が生じますから、経営戦略で決まってから人員を集めるのでは、時間がかかりすぎます。つまり、状況の先読み、先回りの意識を持つことが大切です。
人事をデータ化し科学する一方で、企業理念の共有も重視しています。コロナ禍を経て、人材の流動化が激しくなりました。だからこそ、どういう会社でありたいかを示していないと、社員は「この会社で働く理由」を見失ってしまいます。そうなると、軽い気持ちで登録した転職サイトからスカウトメールが来たときに「双日に不満はないけれど、スカウトされたので」と出て行ってしまうでしょう。