また、同じEVに使われる蓄電池であっても、これまでのものよりも格段にエネルギー効率が高い製品を企業が開発する事例では、そうした製品が開発されない場合と比べて、社会や世界で温室効果ガスをより多く削減できる。

 この製品が広く普及していけば、それによる貢献量はこの企業のスコープ1、2、3で測られる削減量よりもはるかに大きくなる可能性がある。

 あるいは新型コロナ危機以降に、国際会議や国内外での仕事の打ち合わせはバーチュアルに行うことが多くなっており、出張をしなくても済むことが多い。これにより出張にかかる交通・宿泊等での排出量が減り、同時に時間の節約にもなり、労働生産性の向上に貢献していると考えられる。

 こうした遠隔で行うサービスは、それを提供するサービス会社の温室効果ガス排出量(スコープ1、2、3)の削減自体はごくわずかかもしれないが、社会や世界の排出削減に大きく貢献している可能性がある。こうした貢献はスコープ3で十分把握されていないかも知れない。

 その他の事例として、建築・住宅関係では、排出削減を可能にする冷暖房、断熱材、太陽光パネル等を使った場合は、そうでない旧式の建物よりも削減効果が大きい。

 このように削減貢献量の考え方は、「回避された排出量」を予想・算定するので、スコープ1~3のような実際の排出量と異なることが多い。ある特定のソリューションを使った場合のシナリオとそれを使わなかった場合の仮説的なシナリオ(ベースラインシナリオ)の比較によって貢献量を求めることになる。

 下の図は、特定のソリューションによって今後予想される排出削減の道筋とともに、そのソリューションがない場合に予想される排出削減の道筋を概念的に示したものである。

 左図はソリューションの導入により最初から削減が可能となる事例で、削減貢献量はこの予想削減経路とベースラインとの間の領域になる。右図ではソリューションは当初は排出量を増やすことになるが、中長期的には削減が期待される経路である。

 この場合の削減貢献量は、ソリューションの導入によりベースラインより下回る領域から上回る領域を差し引いた分になり、将来を含めれば全体として削減貢献量はプラスになることを示している。

 削減貢献量は、ベースラインの推計と将来の削減分を予想する場合、企業によって数字が大きく異なる可能性もある。このため削減貢献量については賛否両論がある。ベースラインシナリオの設定によっては、削減貢献量が大きくなり過ぎる可能性もある。

 ベースラインシナリオを緩く設定することで排出効果を実態よりも大きく見せるようなグリーン・ウォッシングを企業に誘発するとの批判がある。ベースラインの設定について十分議論をし、コンセンサスを形成していくことが望ましい。

 ただし、削減貢献量の開示が、スコープ1、2、3の排出量の代替になる可能性は低い。スコープ1、2、3の排出量はISSBの開示基準で最も重要なデータである点に変わりはなく、企業にはまずはこれらの情報開示に力を注ぐことを勧めたい。それらと並行して、補完的情報として削減貢献量の開示が進んでいくと見ておいたほうがよさそうだ。

<連載ラインアップ>
第1回 気候変動対策として、各国はなぜ温室効果ガス排出量「正味ゼロ」を目指すのか?
第2回 世界三大格付け会社が警告、気候変動への対応力が「企業の信用」に直結する理由とは?
第3回 欠かせないのは短期・長期の視点、現代の企業経営に重大な影響を及ぼす3つの気候変動リスクとは?
第4回 企業はなぜ、「バリューチェーン全体」の温室効果ガス排出量に目を配る必要があるのか
■第5回 温室効果ガス排出削減の新たな指標「削減貢献量」に企業が注目する理由とは?(本稿)
■第6回 企業の環境経営を促す「カーボンプライシング」、今から検討すべきビジネスモデルの変革とは?(10月11日公開)

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