アメリカ人以外で初めてとなる“日本人の月面着陸”が期待されている月面探査プログラム「アルテミス計画」。NASAが主導するこの計画によって、人間が月で生活する日も着実に近づいている。そして、その月面調査で重要な役割を担うのが、三菱重工をはじめとする複数の民間企業だ。宇宙開発と民間ビジネスの距離が縮まりつつある今、宇宙ビジネスの形はどう変わりつつあるのか。前編に続き、2024年6月、著書『日本一わかりやすい宇宙ビジネス ネクストフロンティアを切り拓く人びと』(プレジデント社)を出版したジャーナリストの中村尚樹氏に、宇宙ビジネスの最新動向と、そこで注目を集める日本企業の動きについて聞いた。(後編/全2回)
■【前編】大林組の宇宙エレベーター構想、10万メートルの高さでも倒れない「驚愕の理論」とは
■【後編】NASA×JAXAの月面開発、チームジャパンが立ち向かう月の過酷すぎる環境と「天敵」(今回)
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宇宙ビジネスで求められるのは「地球全体を考える視野と想像力」
――前編では、急成長する宇宙ビジネスの分野で進む「民主化の動き」について聞きました。現在、宇宙ビジネスの市場ではどのようなニーズがあり、日本企業はどのような分野で強みを有しているのでしょうか。
中村尚樹氏(以下敬称略) 宇宙ビジネスというとロケットに注目が集まりがちですが、国際市場におけるロケットの開発・打ち上げサービスが市場全体に占める割合は1~2%程度に過ぎません。
宇宙ビジネスのメインストリームは、テレビやGPS、データ通信などの「情報通信サービス」、気象衛星をはじめとする「地球観測・リモートセンシングなどのデータ取得サービス」、そして、それらにまつわる「地上設備」「安全保障」などです。
これらの分野において、日本が優位性を持っているのは「ハイパースペクトルセンサー」です。これは、通常の光学センサーよりも波長を細かく観測することで、より広い領域を高い精度で識別できる次世代光学センサーです。地球の資源開発や環境保全を推進する強力なツールとして、大きな期待が集まっています。
このセンサーによって、例えば石油資源に関する遠隔探知能力を大幅に向上させたり、海に捨てられた非常に細かいマイクロプラスチックを識別・検出できるようになったりします。水質汚濁や土壌汚染などの環境対策の面でも、日本の有力な技術になるでしょう。
こうした宇宙ビジネスを考える上で重要な視点は、ターゲットを「日本」だけに絞るのではなく「地球全体」に広げることだと思います。実際、宇宙からのリモートセンシング技術が生かされるのは、日本以外の広大な砂漠やアマゾンの密林、大海の中の離島、極寒の海氷、または災害が起きている現場などです。つまり、人がなかなか足を踏み入れることができない場所、あるいは、通信インフラが全く整備されていない地域と言えます。
そうした場所において「今、何が起きていて、どういった状態なのか」「人間が気づかないうちに、深刻な事態が起きているのではないか」ということを把握するニーズが存在しています。だからこそ、日本以外の地球全体をターゲットに「どういったデータのニーズがあるのか」「そのデータを使って何ができるか」という視点から考えることが必要だと思います。
世界から注目を集めている日本の宇宙ベンチャーも、前述の分野にビジネスチャンスを見いだしています。例えば、人工衛星開発を行うアクセルスペースは、地球温暖化の影響で北極海の海氷が減少する中、夏場の北極海航路を実現するために北極海の海氷状況を観測するサービスを手掛けています。また、超小型衛星の企画開発などを行うアークエッジ・スペースは、アマゾンの環境保護のために衛星画像を用いて森林破壊の状況を観測する取り組みを続けています。
宇宙ビジネスの分野では、視野を地球全体に広げて「想像力を地球規模で膨らませること」が必要不可欠ではないでしょうか。