写真提供:共同通信社

 1970年代に「セブン-イレブン」を立ち上げ、業界ナンバーワンに育て上げた鈴木敏文氏。一方、「100円ショップダイソー」で100円ショップの草分けとなった大創産業の創業者である矢野博丈氏。小売業の新分野を切り拓いた2人は、大学の先輩・後輩であり、長年の親交があった。本連載では、『一生学べる仕事力大全』(藤尾秀昭監修/致知出版社)に掲載された対談「不可能を可能に変える経営哲学」から内容の一部を抜粋・再編集し、両氏によるビジネスと経営についての対話を紹介する。

 第5回は、ヒット商品を生む着眼や発想、周囲に反対されても実現させるマインドなどを取り上げる。

<連載ラインアップ>
第1回 “コンビニの父”鈴木敏文が感心した100円ショップの誕生秘話とは?
第2回 「絶対無理」と反対されても、鈴木敏文はなぜコンビニを諦めなかったのか
第3回 “素人集団”だったセブン-イレブン・ジャパンが成長し続けた理由とは?
第4回 ダイソー創業者は、なぜ新入社員に「人生は運だ」と言い続けたのか
■第5回 売れなかった“コンビニのおにぎり”をヒット商品に変えた鈴木敏文のコンセプトとは?(本稿)

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5000部の広報誌を13万部に伸ばす

一生学べる仕事力大全』(致知出版社)

鈴木 いま矢野さんがアクシデントのおかげと言われたけど、私も全く同感でね。いま振り返ってみても、あらゆることに全部反対されてきた。そこにやりがいを感じて一つひとつ挑戦していったからいまがあると思っています。

 何かを提案して反対されると、これはやる価値があるな、成功するなと考えるんです。逆に、皆がいいなと賛成することは誰もが考えることですから、あまりやる価値はないし、成功しない。そういうふうに思い込むようになった。

 社長や上司から絶対にダメだと言われたことはやりませんでしたけど、自分で何かやろうと思い、それが間違っていることじゃなかったら、多少の反対があっても上司を説得して、道を開こうと。

矢野 反対されると無理かもしれないと諦めてしまうのが一般人だと思いますけど、そこが鈴木会長の普通でないところですね。

鈴木 割合小さい時から新しいことに挑戦するタイプで、生徒会に入ったり、学生運動をやったり。東販に勤務していた時もそうで、私は20代後半の頃、『新刊ニュース』という広報誌の編集に携わっていました。版元さんから毎日新刊が出ますよね。それを全部読み、大まかな内容を書いて目録にする仕事に明け暮れていたんです。

版元:出版社。

 無料配布で発行部数は5000部だったんですけど、苦労してつくっているんだからもっと部数を増やしたい。それには、読者がホッとひと息つくものがないと面白くないと感じ、新刊目録のページを減らして人気作家のエッセイを入れ、さらに1冊20円で販売する改革案を出しました。直属の上司からは反対されたものの、別の部署の上司が取り上げてくれ、最終的に部数を13万部に伸ばすことができたんです。

矢野 5000部を13万部にされたとはすごいですね。

鈴木 大手の東販を辞めて、当時まだ5店舗しかなかったヨーカ堂に転職した時も、周り中から反対されました。東販の看板を背負って行くと大作家や著名人に会えるわけですが、逆に自分の小ささを痛感し、仕事のやりがいや自分の存在価値を求めて、知人と会社を興そうと考えました。

 そのスポンサーを探していた時、ヨーカ堂の幹部の方と知り合い、うちに来ればやらせてあげるという話だったので、自分でも流通業界には全く向かないと思っていましたけど、そのつもりで入社したんです。

 ところが、実際には人材が欲しかっただけで、スポンサーの話は立ち消えになりましてね。でも、反対を押し切って転職した以上、辞めるわけにはいかない。それで目の前の仕事に打ち込んでいたら、段々面白くなってきたわけです。

矢野 鈴木会長はお若い時から、心の持ち方が素晴らしいですよね。