大阪ガス エナジーソリューション事業部 計画部 電力・サービス企画チーム リーダーの藤田敦史氏。大阪ガスの本社ビル、通称「ガスビル」の玄関前にあるガス灯前にて(撮影:栗山主税)

 大阪ガスが食品宅配事業「FitDish(フィットディッシュ)」のサービスを開始した。エネルギービジネスは、今後さらなる競争の激化が見込まれる。その危機感もあり、事業企画の流れを根本から見直したうえでの新サービスだという。とはいえ、ガス会社がなぜ食品宅配だったのか。

 大阪ガスはグループ売上高が2兆円を超える大企業だが、これまでも業界に先駆けて数々の新規事業を立ち上げてきた実績を持つ。本特集では、FitDish事業の立ち上げにかかわった複数のキーパーソンへの取材から、同社が次々と新規事業を立ち上げられる秘訣に迫る。第1回となる本記事では、FitDishの開発リーダーに、サービス誕生の背景を聞いた。

シリーズ「フォーカス 変革の舞台裏 ~大阪ガス編~」
■第1回 開発リーダーに聞く、大阪ガスの“意外な新規事業”誕生の舞台裏(本稿)
第2回 食品宅配のノウハウなし、それでも大阪ガスが事業に乗り出せた腹落ちの理由
第3回 変革を止めない企業文化、今の大阪ガスにつながる試練の歴史とは


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時短を意識して冷蔵に目を付ける

 大阪ガスは2023年9月から、冷蔵パウチ食品の定期宅配サービス「FitDish(フィットディッシュ)」を開始した。申込受付は全国が対象で、毎月1回、冷蔵の食品が自宅に届けられる。利用料は10パック4850円~40パック1万5800円で、食品の賞味期限は約1カ月となっている。

 同社の食に関する取り組みは長い歴史を持つ。クッキングスクールやレシピの開発などは、もともとガス普及の一環としてスタートしたものだが、今年で100周年を迎える事業へと成長している。食品宅配事業はその流れを汲むものとはいえ、送る商品はガスを使う必要がない、レンチンで食卓に並ぶ食品も多い。表面上、ガス利用とは全く関係がない、まさに新規事業である。このサービスはいかにして生まれたのか。

 本サービスは同社の家庭向けサービス事業部門内のマーケティング部門が開発した。開発リーダーは、エナジーソリューション事業部 計画部 電力・サービス企画チーム リーダーの藤田敦史氏だ。藤田氏は、これまでも子育て支援アプリの開発や、IoT機器を組み込んだサービスなどを立ち上げた経験を持つ。同社がこれまでも果敢に挑んできた家庭向け新規事業の開発を常に狙う立場で、新たに取り組んだテーマが「食品宅配」だった。

藤田 敦史/大阪ガス エナジーソリューション事業部 計画部 電力・サービス企画チーム リーダー2004年入社。エネルギーの見える化やインターネット関連の事業に従事した後、日本初となる家庭用ガス機器のIoT対応の企画推進を務める。2019年4月から新規事業の担当に。2021年4月、子どものプリントかんたん管理アプリ『プリゼロ』をローンチした。本事業には立ち上げから現在まで従事。

 藤田氏は、FitDish開発の経緯を次のように話す。「これまでの新規事業は、自社の強みを生かして弱みを補うことを考慮して決まることが多くありました。しかし今回は自社の事情はいったん横に置き、まずは産業を問わず、どうすればこれまで社会に無かったものを作り出せるのかを考え、結果的に食というテーマを選びました」。
 そこでまずは、仕事や家事、育児等で多忙な生活を送ることが多い30代の共働き家庭などを中心に、生活者の食事の悩み、困りごとを調査した。そこから出てきた複数の事業アイデアを、社内でさらに精査し、実現可能性が高い事業に絞り込んでいった。その結果が、食品の宅配事業であるFitDishにつながっていった。

 FitDishのサービスの大きな特徴の1つが、冷蔵の食品を宅配する事業であることだ。近年の冷凍技術の発達に伴い、冷凍食品市場は急速に拡大している。冷凍の状態で自宅まで配達することももちろん可能で、冷凍食品なら保存期間も長い。それなのに、FitDishがあえて冷蔵にこだわった理由は何か。藤田氏はこう答える。

「冷凍食品の場合は解凍が必要で、食べるまでに意外と時間がかかります。冷蔵であれば、主菜は電子レンジで1~2分温めればよく、副菜の多くはそのまま食卓に並べられます。時短を意識する忙しい家庭にとって、冷蔵のほうが便利だと考えました」

 FitDishの賞味期限は約1カ月で、実は意外と長い。月に一度の定期宅配サービスでも問題なく運用できる。逆に冷凍食品は日持ちすることが災いし、家庭の冷凍室の回転が悪くなっている。むしろ冷蔵室のほうが、スペースが空いており保管しやすいということも、調査で分かったという。

「もちろん、冷凍食品は1年以上もつものも多く、日持ちの面では有利です。消費者だけでなく、事業者側の在庫リスクも軽減するメリットがあります。しかし、食品は貯め込むものではありません。すぐに食べられるという、お客さまのメリットを最大限尊重して、冷蔵でいくことに決めました」(藤田氏)