高倉&Company合同会社共同代表 髙倉千春氏(撮影:倉本寛)高倉&Company合同会社共同代表 髙倉千春氏(撮影:倉本寛)

 人的資本経営を行う上で最も重要なのは、「人には心がある」ということを改めて思い起こすことです――。こう語るのは、ファイザー、ノバルティスファーマ、味の素、ロート製薬などで人事の要職を務めた高倉&Company合同会社共同代表の高倉千春氏だ。日本企業が人的資本経営において大切にすべきことは何か。また、人事パーソンには今どんな資質や能力が求められているのか。前編に続き、書籍『人事変革ストーリー~個と組織「共進化」の時代~』(光文社)を著した高倉千春氏に、人事のリーダーに求められる考え方や能力について話を聞いた。(後編/全2回)

【前編】「人的資本経営」を掲げながら「個人」に目を向けない企業の大きな誤り
■【後編】「人の心に火を点ける」人的資本経営時代の人事部門に求められる2つの視点(今回)

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人的資本の価値が上がるかどうかは「人の心に火が点くかどうか」

――前編では、「人的資本経営」が登場するまでの「企業の人財観」の変遷についてお話しいただきました。人的資本経営に取り組む上では、どのようなことが重要になるのでしょうか。

髙倉千春氏(以下敬称略) 人財(企業の財産である人材)を「資本」(キャピタル)と捉えて、その資本価値をいかに高めるか、という視点が重要です。ここで最も必要だと思うことは、「人には心がある」という大前提を認識できているかどうか、ということです。人的資本の価値が上がるかどうかは、「人の心に火が点くかどうか」に左右されるからです。

髙倉千春/高倉&Company合同会社共同代表

津田塾大学(国際関係学科)卒業。1983年、農林水産省入省。90年にフルブライト奨学生として米国ジョージタウン大学へ留学しMBAを取得。帰国後、コンサルティング会社で新規事業、組織開発に関するプロジェクトを担当。その後、99年、ファイザー、2004年、ベクトン・ディッキンソン、06年、ノバルティスファーマで人事部門の要職を歴任。14年より味の素理事グローバル人事部長としてグローバル人事制度を構築、展開。20年よりロート製薬取締役、22年、同社CHRO(最高人事責任者)に就任。23年現在、ロート製薬戦略アドバイザー、日本特殊陶業、野村不動産ホールディングス、三井住友海上火災で社外取締役を務める。

 人的資本の価値が上がっているかどうか、すなわち「人の心に火が点いているかどうか」を見る方法が、昨今、日本企業でも広く導入されている「エンゲージメント・サーベイ」です。実は、時代の流れの中で「エンゲージメント・サーベイ」に用いられる設問の傾向は大きく変化しています。

「エンゲージメント・サーベイ」が広まった当初、自社の「社員」としてのエンゲージメントを聞く質問が主体でした。たとえば、「我が社の戦略に共感しますか?」「共感したら主体的に行動しますか?」といった、「一人の組織人」としての心構えや行動を聞く質問が中心でした。

 それらの質問は後に、「一人の働き手」としてのエンゲージメントを聞く質問に変わってきました。たとえば、「あなたはこの会社で、生き生きと働けていますか?」「あなたのキャリア上の成長を促せるような機会を持てていますか?」といった質問です。一つの会社の枠にとらわれることなく、「一人の働き手」として、自分のエネルギーを存分に発揮できているかどうかを聞く質問といえるでしょう。

 さらに、最近になると「この会社は、自分の健康を維持できるような機会をサポートしてくれていますか?」というように、健康経営に関する質問が出てきています。「組織人」でも「働き手」でもなく、「一人の人間」としてのエンゲージメントを問われているわけです。このように、一人ひとりの細かな内面まで把握することが「ウェルビーイング経営」につながります。

 考えてみれば、皆一人の人間である以上、幸せを実感できていなければやる気なんて起きませんよね。つまり、組織は「個人が主役」であり、個々人の働きがいや人間としての生きがい、人生の幸せに焦点を当てることで、一人ひとりのやる気や意欲を高めることが経営課題になってきたということです。社員を一人の人間として見ないと、持続的な経営を実現することは難しいでしょう。

「人的資本経営」を理解する上では、こうした「企業の人財観」の大きな変化が背景にあるのだと理解することが重要です。