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 世界のビジネスエリートたちは、今こぞって「行動経済学」を学び、グーグル、アマゾン、マッキンゼーほか、名だたる企業が「行動経済学を学んだ人材」の争奪戦を繰り広げているという。なぜ、ビジネス界でこの学問に注目が集まるのか。本連載では、「行動経済学」の主要理論を体系化した話題書『行動経済学が最強の学問である』(相良奈美香著/SBクリエイティブ)より、内容の一部を抜粋・再編集。人間が「非合理的な意思決定」をしてしまうメカニズム、「システム1vsシステム2」など代表的な理論についてわかりやすく解説する。

 第1回目は、海外のビジネスおよび教育分野で急激に高まる「行動経済学熱」について紹介する。

<連載ラインアップ>
■第1回 グーグル、マッキンゼーほか、有名企業が「行動経済学」に注目する理由とは?(本稿)
第2回 サラダの方が体にいいとわかっているのに、なぜケーキを選んでしまうのか?
第3回 3種類のうち、なぜ多くの客が「Bランチ」を選ぶのか?
第4回 顧客の声に応えたのに、マクドナルドの「サラダマック」はなぜ失敗したのか
第5回 なぜTikTokはやめられない?企業が駆使する「選択アーキテクチャー」とは?
第6回 スターバックスのラテは、なぜ現金で買った方がいいのか?

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プロローグ いま世界のビジネスエリートがこぞって学ぶのが「行動経済学」

■グーグル、アマゾン、ネットフリックス・・・世界の企業が「行動経済学チーム」を設けている

 突然ですが、皆さんは「行動経済学」という学問に対して、どんなイメージを持っているでしょうか。

「経済学のいち分野?」
「マイナーな印象」
「自分には関係なさそう」

 そんな声が聞こえてきそうです。

 しかし、実は行動経済学は「いま世界のビジネス界が最も注目している学問」だと言ったら、驚くのではないでしょうか。

「行動経済学こそビジネスパーソン必須の教養」

 いま世界では、こんなことがしきりに言われています。

 現に世界の名だたる企業がこぞって行動経済学を取り入れ始めました。多くの企業が「行動経済学チーム」まで設け始めているのです(図表1)

 グーグル、アマゾン、アップル、ネットフリックスなどの巨大テック企業をはじめ、マッキンゼー、デロイトなどのコンサルティングファーム、JPモルガンなど金融系企業。ジョンソン・エンド・ジョンソンなどのメーカーから、ウォルマートのような小売業、さらにはアメリカ連邦政府やWHO、世界銀行のような公的機関まで、その影響は広範囲にわたって広がっています。

 そして、このことは知らず知らずのうちに、私たちにも影響を与えています。具体的には序章以降で紹介しますが、例えばアマゾンは商品ページで「アンカリング効果(Anchoring Effect)」という行動経済学の理論を用いて私たちの購買意欲を無意識にそそらせ、ネットフリックスは「デフォルト効果(Default Effect)」という理論を駆使して私たちが自然と動画を見るように促しています。また、グーグルは「確証バイアス(Confirmation Bias)」という理論を意識して採用面接をすることで、本当にいい人材を見極めています。

 こういった企業には、COO(最高執行責任者)やCMO(最高マーケティング責任者)などと並んで、CBO(最高行動責任者)を設ける企業すら出てきており、こういったところにも「いかに世界の企業が行動経済学に注目しているか」が表れているのです。

■アメリカの求人で高まる「行動経済学“熱”」

 高校卒業と同時にアメリカに渡った私は、オレゴン大学で行動経済学に出会ったのをきっかけに、同大大学院、および同大ビジネススクールで行動経済学を学びました。日本人としては数少ない「行動経済学の博士課程取得者」となります。

 卒業後はあえて研究者の道は選ばず、アメリカでも数少ない「行動経済学コンサルティング会社」を設立し、代表に就任。アメリカやヨーロッパを中心に、金融、ヘルスケア、製薬、自動車、テクノロジー、マーケティングなど幅広い業界の企業に、「行動経済学をいかにビジネスに取り入れるか」、コンサルティングをしています。

 アメリカはクライアントの名前を出すことに非常に厳しいため明言を控えますが、これまでコンサルティングをしてきた企業は、皆さんが知っている世界的な有名企業から中小企業まで多岐にわたり、手掛けたプロジェクトは100ほどにのぼります。

 また、イェール、スタンフォードなどの大学や企業、国際的な基調講演などに招かれ、行動経済学を広める活動にも従事し、延べ千人以上に行動経済学を教えてきました。もうかれこれ20年近く、世界の最前線で行動経済学に携わっていることになります。

 さて、話を戻しましょう。ビジネス界で行動経済学への注目が高まっていることから、いまアメリカでは行動経済学を学んだ人材が急激に求められるようになっています。

「もしも行動経済学を専攻していなかったら、グーグルになんか絶対就職できなかった」

 こう語るのはペンシルベニア大学大学院で行動経済学を専攻した私の友人です。

 アメリカの企業で今まさに起きているのは、「行動経済学専攻の学生の争奪戦」。私の大学院時代の友人の多くは教授として学問の世界にとどまりましたが、就職組の多くはFAANG(Facebook、Apple、Amazon、Netflix、Google)で働いています。

 また、試しにグーグル検索で“Behavioral Economicsjob(行動経済学 仕事)”と入れて検索し、ヒットする9カ月分の情報量を2012年と2022年で比較してみました。結果、2012年は2万3800件ヒット、2022年は2730万件ヒットし、この10年で1147倍となっています。

 求人情報そのものばかりではありませんが、「行動経済学 仕事」ということに急激に関心が高まったと言っていいでしょう。私が大学院生の2000年代後半の頃は、行動経済学の学会に行っても参加者はほんの数十人。ほんの20年足らずで状況は激変しました。

 これまで行動経済学のバックグラウンドを持つ人材の雇用に何度も関わってきましたが、いま行動経済学の博士課程を持つ人を採用するなら、初年度の年収は最低1500万円。教授をコンサルタントとして雇うなら、「時給30万円」なんてこともあります。

「教授をコンサルタントとして雇う?」

 不思議に思うかもしれませんが、アメリカではよくあることで、新たな事業計画を立てたりビジネスを立ち上げたいというときは、スペシャリストを学問の世界から招きます。

 私が以前お世話になった教授の方々の中にも、アップルやマイクロソフトに引き抜かれた例もあり、名だたる大学の教授となると引き抜き合戦となることも珍しくないのです。