できることなら手間や時間をかけずに、質の高いアイデアを手に入れたいものだ。だが、世界の名だたる成功企業においては、イノベーションを生み出すために、あえてアイデアの質よりも重視している要素があるという。一体何なのか。
 本連載では、デザイン思考のパイオニアであるスタンフォード大学d.schoolで、シリコンバレーの起業家やフォーチュン500企業の経営者らを指導してきた教授が、創造性を刺激し、無数のアイデアを生み出し、イノベーションを促す真髄を余すところなく解き明かす。第3回は、多くの組織でブレインストーミングが失敗に終わってしまう理由と、反対にすぐれたアイデアを多数生み出すブレインストーミングのテクニックを解説する。

(*)当連載は『スタンフォードの人気教授が教える 「使える」アイデアを「無限に」生み出す方法』(ジェレミー・アトリー、ペリー・クレバーン著、小金 輝彦訳/KADOKAWA)から一部を抜粋・再編集したものです。

<連載ラインアップ>
第1回 パタゴニアが冒した大失敗、企業にとってなぜアイデアが死活問題なのか?
第2回 アマゾンを成功に導いたのは、運でも才能でもなく「アイデアフロー」
■第3回 スタンフォードd.school教授が辿り着いた、究極のアイデア発想法とは(本稿)
第4回 ダイソンやエーザイなどの優れたアイデアを持つ企業に共通する黄金比とは?


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 受信トレイに、漠然としたイベントの予定が現れる。画期的なアイデアが緊急で必要になり、あなたの参加を要請しているのだ。翌週に予定されている大規模な販売会議に関連したものに違いない。あるいは、重要な新規顧客か、〈イェルプ〉による最近の相つぐ否定的なレビューがらみか……それはどうでもいい。重要なのは、出席することだ。

 組織が土壇場になって、必死にアイデアを得ようとあがくときは、いつも民主的な方法がとられる。誰であろうと解決につながるアイデアを提供すれば、喜んで受け入れてもらえる。その案が実現可能に思え、出席している権力者の誰かにリスクをもたらさないかぎりは。

 さあ、ブレインストーミングの時間だ。こうした大規模なセッションは、どうしても参加者全員の士気が下がる厄介な午後の時間帯に設定されがちだ。ひどいときには、就業時間が終了する間際の、みなが家に帰りたがっているときに実施される。私はいったいなぜここにいるのだろう? 携帯で、ラッシュアワーの渋滞がますますひどくなっていることをチェックし、顔をしかめながら誰もがそう自分に問いかける。

 売上の低下、コストの上昇、広報活動における大失敗といった問題なら、解決法を誰かが知っていれば問題にもならないはずだ。それは単なるプロジェクトであり、適当な人やチームに委託すればいい話だ。全員を招集するのは、解決への道筋がはっきり見えないときだけだ。みな答えどころか、質問さえよくわかっていないのだ。結局のところ、企業のブレインストーミング・セッションは、苦肉の策だ。「誰かが、どうすればいいか知っているはずだ。私にはまったくわからない!」

 こんなふうに「革新を図る」よう強要されることほど、やる気をくじくものがあるだろうか? よく知らない問題に関する議論に加わって、愚か者や無知に見られる可能性を考えると、野心的なことや奇抜なことを口にするのは危険に思える。おとなしくしていて、ほかの人の意見に便乗するほうが安全だ。

 どうしても電車に乗り遅れたくないというのであれば、最善の策は、状況全体や5年間の見通しに関するデータが、どれもあらゆる面で不完全だと指摘することだ。これは典型的な先延ばし作戦で、問題を誰かに投げ返してさらなる調査を命じるよう、リーダーに促すものだ。それで当面は、この問題について耳にすることはないだろう。

 便乗や先延ばし戦略がうまくいかないときは、運が尽きたものとあきらめるべきだ。愛する家族にもう一度会いたいと思うのなら、山ほどのアイデアを思いつくしかない。さあ、気を引き締めていこう。