できることなら手間や時間をかけずに、質の高いアイデアを手に入れたいものだ。だが、世界の名だたる成功企業においては、イノベーションを生み出すために、あえてアイデアの質よりも重視している要素があるという。一体何なのか。
 本連載では、デザイン思考のパイオニアであるスタンフォード大学d.schoolで、シリコンバレーの起業家やフォーチュン500企業の経営者らを指導してきた教授が、創造性を刺激し、無数のアイデアを生み出し、イノベーションを促す真髄を余すところなく解き明かす。第2回は、アマゾン創業者・ジェフ・ベゾスらのアイデアづくりの習慣などをもとに、限られた時間で多くのアイデアを思いつくことのメリットや手法を解説する。
 

(*)当連載は『スタンフォードの人気教授が教える 「使える」アイデアを「無限に」生み出す方法』(ジェレミー・アトリー、ペリー・クレバーン著、小金 輝彦訳/KADOKAWA)から一部を抜粋・再編集したものです。

<連載ラインアップ>
第1回 パタゴニアが冒した大失敗、企業にとってなぜアイデアが死活問題なのか?
■第2回 アマゾンを成功に導いたのは、運でも才能でもなく「アイデアフロー」(本稿)
第3回 スタンフォードd.school教授が辿り着いた、究極のアイデア発想法とは

第4回 ダイソンやエーザイなどの優れたアイデアを持つ企業に共通する黄金比とは?

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 長年にわたり、アマゾンの利益は、会社の時価総額とはまったくかけ離れたものだった。ウォールストリートは、ジェフ・ベゾスが構築しようとしていた将来に賭けたのだ。アマゾンの株価は、この会社のずば抜けたアイデアフローを反映したものだといえる。

 上場企業にしては、将来の価値が従来のビジネス指標に反映されるのに異常なほど時間がかかった。だが早い段階で、その桁外れに多いアイデアと実験に対する執拗なまでの関心から、驚くべき潜在能力をうかがい知ることができた。いつもながら、企業の創造的なマインドセットはトップから広がっていく。ベゾスはアマゾンを創業する前から「持ち歩いていたノートにつねにアイデアを書きとめていた。そうしないと、アイデアが頭から流れ出してしまうとでもいうように(2)

2 Brad Stone, The Everything Store: Jeff Bezos and the Age of Amazon (New York: Back Bay Books, 2014).(邦題は『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』ブラッド・ストーン著(日経BP社、2014年)

 ただし、ベゾスは自分のアイデアに固執することもなかった。よりよい選択肢が出てきたときには、リーダーとして、速やかに古い考えを放棄して新しい考えを受け入れたのだ。すぐれた創造的な習慣をみずから示すことが、創造的なチームや組織を育て活性化させる最も効果的な方法となる。ウェブ上での書籍販売以上のことをしたいという気運が高まるにつれて、ベゾスが示したCEOとしてのこの取り組みは会社全体に広がった。

 混乱が予想されるeコマースのような事業は比較対象にならないと考える向きもあるかもしれない。では、業界が混乱に直面していなければ、状況は違うのだろうか? もしあなたの会社が、世界経済全体が受ける影響からどうにかして逃れられるというのなら、ぜひ教えてほしい。明日の朝までに私も履歴書を送りたい。

 ジェフ・ベゾスは明らかに、そのキャリアにおいて卓越した洞察力を見せてきた。だが、技能と成果を才能や運のせいにしてはいけない。将来が見えなくても組織の輝かしい将来を築くことはできる。100以上のイタリアのスタートアップを対象とした無作為化比較実験によって、本書で提唱しているマインドセットや手法(ビジネスアイデアを生み出して実証する取り組み)を学んだ起業家は、対照群をしのぐことがわかっている(3)

3 Arnaldo Camuffo, Alessandro Cordova, Alfonso Gambardella, and Chiara Spina, “A Scientific Approach to Entrepreneurial Decision-Making: Evidence from a Randomized Control Trial,” Management Science 66, no. 2 (February 2020): 564–86,
https://doi.org/10.1287/mnsc.2018.3249

 だがこの発見は、スタンフォードの「ローンチパッド」というインキュベーターが関与した数百人の起業家と仕事をしてきた私の経験からいうと、それほど驚くことではない。

 アイデアフローがイノベーションを促すことは認めても、自分にアイデアフローが必要だとは思っていない読者もいるかもしれない。あなた自身、「自分なんかより、デザイン部門の実習生のような『創造的』な若者が読んだほうがためになるのではないか」と思っていないだろうか。

 通常の組織では、何かを描いたり、製品名を決めたり、広告キャンペーン用のスローガンを作成したりと、一般的な意味で「創造的」な役割に就いている人はほんの少数だ。それ以外の人たちは、ゼロから何かをつくり出すことはない。あなたがマーケティング・ディレクターだろうとNASAの長官だろうと、あるいはあなたのスタートアップが最初の投資ラウンドを実施したばかりだろうと、不動産開発が建設の第一段階に入ったところだろうと、一日の大半はメールや会議や電話対応に費やされているはずだ。

 たしかに、何かしらの決断はしているかもしれないが、正直なところ、どれだけ頻繁に新しいアイデアを必要としているだろう? どれだけ頻繁に、オフィスの長椅子に横たわり、六面立体パズルか何かをいじりながら瞑想しているだろうか? そんなことをする時間はないはずだ。私たちもそうだ。それに実際のところ、そういう時間は「創造性」とは関係ない。真の創造性とは、大仰なものではなく、もっと日常的なものなのだ。