普段から災害に備えることが大切だと分かっていても、消費者にとって「非常時にしか価値を感じられないもの」を用意するのはコストであり、そのため防災はビジネス化が難しい領域と言われる。そこで今、「備えられない」ことを前提に、社会状況(フェーズ)を区分しないデザイン設計が、さまざまな業種で注目され始めている。本連載では『フェーズフリー 「日常」を超えた価値を創るデザイン』(佐藤唯行著/翔泳社)から、内容の一部を抜粋・再編集し、「フェーズフリー」の考えを生かしたビジネスの可能性を探る。
第4回では、コロナ禍を機に普及したオンラインミーティングツール「Zoom」を例に、消費者の「顕在化していないニーズ」を捉える必要性を考察する。
フェーズを超えたニーズを探る
事業開発や商品開発、マーケティングの世界において、「人々のニーズに応える」だけで本当に支持される商品やサービスを生み出すことは、難しい時代になってきています。
よく引き合いに出される話ですが、iPhoneが2007年に発表されたとき、それが世界を変えると感じた人がどれだけいたでしょうか。「ボタンがないから電話をかけづらい」「文字入力しにくいから不便」「携帯電話(ガラケー)のままがいい」と思った人がほとんどでした。そう、当時、「ボタンがなくて画面の大きい携帯電話が欲しい」というニーズがあったわけではないのです。
けれどもさまざまなアプリが開発され、通信速度が速くなり、データ通信量が大容量化したことで、多くの人がiPhoneの真価を知ることとなりました。いつでもどこでもインターネットに接続し、SNSを通じて様々な人と交流し、動画やゲーム、読書が楽しめ、知らない街でも地図アプリですぐに居場所や目的地までのルートもわかります。
ほどなくしてGoogleがAndroidを作り、さまざまなメーカーがスマートフォンを開発。いまやほとんどの人がスマートフォンを持つ時代になりました。みんな、それが何かはわかっていなかったけれど、使ってみた結果、「こんな商品が欲しかった」と気づいたのです。iPhoneは、そうしたユーザーの「顕在化していないニーズ」を満たしたからこそ、社会を大きく変えるほどのヒットを記録したといえるでしょう。
とはいえ、顕在化していないニーズを捉えた商品やサービスを作れればよいのですが、それは簡単な話ではありません。顕在化していないニーズは(繰り返しになってしまいますが)顕在化していないため、発見するのが容易ではないからです。
しかし、ここまで本書を読み進めてくださったみなさんは、顕在化していない、ひとつのニーズを捉えるための視点を既に獲得しています。そう、「非常時」のニーズです。