一番苦労したところは何か? それをどう解決したのか?

一番苦労としたところはどこか、3人に聞いてみた

 ここまで東京電力グループ3社のDX戦略や施策を見てきたが、意外に地味な取り組みや他社の事例で見られるツール類の利用も多い。最初に紹介した東京電力パワーグリッドの施策「電線容量を時間帯や温度別でチェックを行う」などは回数を増やしただけとも思われる。

 しかし、東電電力グループが対象とするDXの領域は、規模が大きい。電線容量のチェックといってもグループが管理している送電線の長さは約4万キロ、ほぼ地球一周だ。データを1kmごと1時間ごとに採取したら1日で100万件のデータが発生する。その100万件全てに位置情報がひもづいていると考えると、とてつもない量だ。

 さらに、東京電力パワーグリッドは保全分野で、送電鉄塔の不具合等を確認するために、ドローンで画像を撮影、画像をAIで診断するシステムの構築も進めている。ドローンの利用、画像のAI診断などは比較的よく聞く施策だが、東京電力が保有する鉄塔は約5万本、高いものは149mあり、これは40階のビルに相当する。

 この対象範囲も規模も大きな東京電力のDXを、ここまで動かすのには、それなりの苦労もあったはず。その苦労と解決への道のりを聞いてみた。

東京電力パワーグリッド:送電と配電部署の連携に苦慮、「自分ごと」への理解を進める

 東京電力パワーグリッドでは、まず送電と配電部署の連携が課題になった。従来、電力は発電所からの一方通行だったので、送電と配電が連携を取る必要性は薄かった。しかし、再生可能エネルギーなど発電の電源が分散し負荷の変動が大きいとなると、送電と配電の綿密な連携が必要になる。

 とはいえ、これまで垂直管理を行ってきた両部署なので、文化ややり方が違っている面もある。「それぞれから『なんで、こんなことしなくちゃいけないだ』といった声は上がりました。でも、私たちには電圧を守って電力を安定供給する役目がある。そのために、より視野を広げてもらいたいと、コンセンサスを得る努力を重ねました」と大木氏は、草の根活動のような形で各所へDX意義の浸透を進めた。

 そして、コンセンサスに重要なことは「まず自分ごとになってもらうこと」と大木氏は言う。お願いしても、最初は「いや、まずそっちが動けばいいんじゃない」といった他人事の反応もあった。「自分たちがやらなければというモードに入ってもらいたいと切実に思いました。なにせ人数が多いですから、他人事意識では全体は動かない。時にはわれわれが部署内に入って、自らやるというマインドチェンジに取り組みました」と大木氏は、強制ではなく率先して皆が参加する下地作りに苦労したと語る。

東京電力エナジーパートナー:身近な改善でDX効果を実感してもらう

 東京電力エナジーパートナーの明石氏も、大木氏同様、関係者の合意形成には苦慮したと言う。DXを行う意義を皆にいかに理解をしてもらうか、それをやることでどう良くなるかを、皆に腹落ちしてもらうことがなかなか難しかったと述べる明石氏。そのために「5年先にはこう良くなるよと言うだけではなく、今、目の前にあるもの良くしていく身近な改善を行うことで、DXの効果を腹落ちしてもらって、前に進むことが重要と思います」と語り、従業員がDXに近づくのではなく、DXを従業員のそばに配置する重要性を示唆する。

 また、現行業務を持ちながらのDX推進は時間が十分にあるとは言えない。明石氏は、身近なDXという考えを生かし、「RPAとか、なんならExcelのマクロでもいいのです。そうした技術で目先の課題を小さくしてあげて、そこで減らせた業務時間をDX推進に充ててもらった」と述べる。仮に時間をうまく減らせなかったとしても、DXの活用イメージを持ってもらうことはできるとして、こうした体験が中長期のDXの取り組みにも生かせると加える。実際、この1年、こうした取り組みを多数進めてきた。

東京電力リニューアブルパワー:なぜ変えるのか、自らの手を動かし、丁寧に説明

 東京電力リニューアブルパワーの勝見氏も「新しいものは、最初は拒絶反応が起こる。何で変えるのという声が出る。だから、なぜ変えるのか、どんないいことがあるのかの説明が大切です。そこを丁寧にやる必要性は痛感しました」と言い、今は現場に行って対面で話しながら、実際に手を動かしてDXの浸透を心掛けていると述べる。

 当初、電力を扱う会社だからデジタルとの親和性は高いと思ったが、約3万8000人もいれば、新しい手法を好む好まない、デジタルに向き不向きはいろいろある。東京電力グループのDXでは、こうしたマダラ模様が「ある」ということを、まず「理解する」ことから始まるようだ。理解しているからこそ「苦労はあるが浸透に努めたい」と思えるのだろう。