ビールの醸造プロセス
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 長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027」に取り組むキリングループは、「DXを推進する組織能力」の強化と「DXによる価値創出」に取り組んでいる(参考記事:「デジタルアレルギー」を払拭!キリンの「DX道場」が目指すもの

 このうち、DXによる価値創出については「既存事業の価値向上」「業務プロセス変革」「新規ビジネスの加速・開発」の3点を指針に位置付けている。この業務プロセス変革の一例が、ビールの醸造プロセスにおいて、AIを活用して最適な濾過計画を立案する「AI濾過計画システム」だ。

 ビールの醸造プロセスは、大きく分けると6工程に分けられる。ビール大麦からできた麦芽と水、副原料、ホップなどを混ぜ合わせる「仕込」(1日)、仕込でできた熱麦汁を冷却し、酵母を加えることで麦汁中の糖分をアルコールと炭酸ガスに分解して若ビールを作る「発酵」(7日程度)、若ビールを貯蔵タンクで熟成させる「貯蔵」(10~30日程度)、熟成されたビールから酵母や不要なタンパク質を取り除く「濾過」(1日)、そして出来上がったビールを出荷まで製品タンクに保存する「保管」(1~14日)、個々のパッケージに詰める「パッケージング」(1日)だ。仕込から貯蔵までの工程は「仕込・酵母計画」と呼ばれ、貯蔵から保管までの工程は「濾過計画」と呼ばれる。

 今回、キリンが自動化した「濾過計画」では、どの液種(ビール)をどのタンクに貯蔵するかなど、納期と製造指示に合わせた効率的な計画が求められる。日によって出荷要求量やタンクの稼働状況は異なるため、計画立案は難しく、各工場では1、2人しかいないベテランの計画担当者しかできない作業とされてきた。

「計画立案には複雑な思考プロセスが求められるため、熟練者しかできないことが課題となっていました」と、キリンビール技術部の中村亮太さんは語る

 キリンビール技術部で技術開発案件に携わる中村亮太さんは「計画立案には複雑な思考プロセスが求められるため作業時間がかかり、一人前に育成するまでにも約3カ月かかります。労働人口の減少に伴い、将来的に生産現場の人員も不足が見込まれる中で、時間のかかる計画立案をどう効率化するか、若手に技術継承していくかは課題となっていました」と語る。

 計画担当者の技術継承は現場でのOJTが基本となっており、師弟関係のように熟練者について学ばなければ身に付かないとされてきた。また、工場ごとにタンクの数や製造工程などの制約条件が異なるため、ある工場で計画立案ができる人でも、別の工場では応用が非常に難しいといった事態も生じていた。

濾過計画業務では複数の要素が求められるため、従来は計画担当者の中でもベテランにしかできない業務とされてきた
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 キリンビールはこの問題を解決すべく、NTTデータと協同でAIを活用して最適な濾過計画を自動で立案するシステムを開発した。濾過計画の自動化に高い意欲を見せた福岡工場で実現性評価を行い、2019年3月システムの試運用開始、4月本格稼働に至った。

 まず要件を整理するため、今まで熟練の計画担当者が長年、頭の中で行ってきた思考プロセスを洗い出した。「いつまでに、何の商品を、どのくらい」と各工場での製造計画が決定すると、計画担当者は現在の工場稼働状況を見ながら、品質管理に加え、工程ごとに使用する濾過機およびタンクの選定、 タンクごとの稼働状況、液種の選定、処理の引き当て方など、納期からスケジュールを逆算して間に合うように計画を立案する。需給変動に応じて、計画に少し余裕を持たせる必要もある。 

キリンビール技術部でICT技術導入や工場・物流のDXを推進してきた木村静太さんは、濾過計画の難しさを語る

「作業効率は、あらゆる観点から計画されるので、同じ計画案は一つもないと言えます。例えば、濾過機を2台動かせば稼働率は高まりますが、機械の洗浄時間や手間も2倍になります。節水や省エネなど、あらゆるパターンを考える必要が出てくるのです。熟練の計画担当者が頭の中で考えてきた複雑なプロセスと、福岡工場の設備や製造体制などの制約条件を顕在化させていきました」と、キリンビール技術部の木村静太さんは語る。

 例えば、濾過機AとBを使用する場合、必要な作業は単純に濾過作業だけではない。濾過作業の前後には濾過機の洗浄、貯蔵タンクからの若ビール受け入れ、製品タンクへの酒出しなど工程が複数存在する。できるだけ濾過機の稼働率を高めると同時に、各タンクの稼働状況や使用される水量の抑制など、あらゆる観点からの効率化が求められる。

 また、品質も重要だ。ビール原料や発酵に用いられる酵母は自然物のため、そのときによってスペック、状態が異なる。設定基準値を順守した製品づくりを行うことはもちろんだが、それぞれに完成度の高い製品を目指す必要がある。新鮮な商品を供給するためには鮮度も重要だ。日ごとに変わるデータから導いてきた業務の流れを表出する作業は特に苦労したと、木村さんは語る。