認知バイアスがイノベーションや組織変革の妨げになっている

 さて、このような自分自身への思い込みを「認知バイアス」というが、この認知バイアスはイノベーションや組織変革、メンバーの自律性の発揮という点で、大きな妨げになっている、ということについて話していこう。

 「認知バイアス」というキーワードから、私はある企業の新事業企画の支援をしたときの社長プレゼンのシーンを思い出す。

 新事業企画は部長含め、役員クラスをメンバーとした3人チームで取り組んでいた。定期的に企画の検討内容を社長にプレゼンするのだが、誰もが社長に対して、反論や意見を言うことができないのである。

 それは私も同じで、まだ若かった私が唯一言えたのは「この場は批判の場ではなく、アイデアを言い合う場にしませんか」ということだけだった。もちろん、意見が何もないわけではなく、人前では言えなくなるのである。

 「認知バイアス」という概念を知ってから、「人前で意見を言えない」というのは「恥ずかしい思いをしたくない」「変なことを言っていると思われたくない」と無意識のうちに思い込んでいるからであり、その根底には「目上の人には意見を言ったら嫌われる」という認知バイアスがあるからではないか、という仮説を立てられるようになった。

 ささいなことに思えるかもしれないが、この「認知バイアス」はイノベーションの大きな妨げになっている。

 ある会社では「詳しい知識がないと話してはいけない」と思い込んでいる社員がいた。「社内でナンバーワンの専門家にならないといけない」という意気込みは、自己研さん意欲の加速にはなるが、他者に対して知識を共有するときに戸惑いを覚えるようだ。

 「関連部門に迷惑をかけてはいけない」という思いは、日常業務をスムーズに回すための気遣いにはつながるが、現在の常識にはない新しい提案をする際に、「新しい提案をしたら迷惑をかける。こんな提案をしたら嫌われてしまう」という思いから、まず自分の中で抵抗感が生まれてしまう。

 やっかいなことに、この認知バイアスは本人も周りも気が付かないことが多い。どうして意欲はあるのにイノベーションが進まないのだろうかと悩み、原因が分からないまま、「モチベーションの向上」「知識の獲得」に走ってしまうのである。

 さらに難しいのは、世の中にごく少数いるイノベーション推進に抵抗のない先人の中には、自分のやりたいことを追求する姿勢がずば抜けて強く、「迷惑をかける」「嫌われる」という思い込みが極めて少ない人もおり、その人には認知バイアスに苦しむというイメージが湧きづらく共感を得にくいということだ。

 実際、発明家といわれるある企業の役員に認知バイアスの話をしたときに、「自分とはかけ離れ過ぎて何も言えない」と言っていた(もちろんそうでない人もいる)。