自分の「やりたいこと」を自覚できているか

 「イノベーション人材開発」。聞きなれない言葉かもしれない。

 だが、この言葉だけで、どのような人材をイメージしているか想像できると思う。組織において、イノベーション、つまり旧来を打破し、新しい扉を開く人材を育てていくには、ということについて、コンサルタントの視点で話していこう。

 私はシステム開発会社A社で、組織活性化の支援をしている。ご支援の期間も2年目となったある日、お客さまから、社員と個別相談をしてほしいと依頼を受けた。組織活性化の活動のことでもいいし、他のことでもいい。同じ会社の社員には相談しにくいことを何でも、ということでカウンセリングのようなコーチングのような面談の時間を持つことになった。

 面談されるクライアントのメンバーにとっては「何を相談したらいいんだろう」という戸惑いの中始まったが、始まってみるとさまざまな悩みや疑問が出てきて、対話をするだけでもクライアントの気付きにつながってくるから面白いものである。

 さて、面談を続ける中で4人目に登場したのは、入社5年目程度の社員Bさんだった。最初はBさんも他の方同様、戸惑っていたが、そのうち「仕事が面白くない」ということを口にしだした。

 Bさんは幾つかの不満を吐き出していたが、詳しく話を聞くと「やりたいことができていない」らしい。かといって、「やりたいこと」をうまく表現できないし、この会社では「やりたいこと」をできないと思う、という。

 そこで、私はBさんの経歴を聞いて、今まで楽しかったことや面白いと思ったことを聞いてみた。どうやら、Bさんはもっとお客さまの近くで、お客さまに喜んでもらえるようなことを考えたり、会話することに喜びを感じるらしい。

 Bさんの現在の業務も、もちろんお客さまのためにはなっているものの、Bさん自身の実際の業務は自社のオフィス内での運用業務で、自らお客さまのために何をすべきかを考えるきっかけをつかめていなかったのだ。

 いやいや、どんな環境にあっても考えることはできるだろうと思われるかもしれない。しかし、「『お客さまのために何ができるか』を考えることに喜びを感じられる」ということをBさん自身が自覚していないのだから、きっかけをつかむのはそもそも難しかったのだ。

人が変わるのに必要な時間は30分

 話し始めて20分程度がたった時点で、Bさんは自分のやりたいことをおぼろげながら自覚することができた。

 私はBさんが所属している組織で、新サービス企画の動きがあることを知っていたので、「手を挙げてみたらどうか、何か不安なことがあるか」と聞いてみた。

 Bさんはわざわざ手をあげてまで参加しても活躍できるかどうか分からないと躊躇しつつも、「でもやってみないと、分からないですね」と言い、担当者に声を掛けるのはちょっとハードルが高いので、まずは話しやすい自分の上司に相談してみる、といって30分の面談を終了した。

 その後、しばらくたって、私は新サービス企画プロジェクトのメンバーにBさんの名前があることに気付いた。

 コロナでしばらくBさんに会うことができなかったのだが、面談から4カ月程度たったときにリアルで会えたため、「企画プロジェクトに入ったんですね」と声を掛けたら、少し恥ずかしそうなはにかみ笑顔で「自分で『やってみる』って言ったから」と答えてくれた。

「やりたいこと」に気付くことは、本当の自分を見つけること

 Bさんの変化は「やりたいことに自ら手をあげることができた」ということにとどまらない。現業の運用業務の改善についても、積極的に推進する姿が見られるようになったのだ。

 それまでは上司との関係性も理由にして、与えられたタスクを推進するのみだったが、自ら改善計画を考え、他の人ともコミュニケーションをとるようになった。シャイな性格も手伝ってアグレッシブに進めていく感じではないものの、着実に改善を実行できてきている。

 さて、Bさんの例からも分かるように、「やりたいこと」が自覚できると、やりたいことに今すぐ着手できなくても、目の前の仕事に対するモチベーションが湧いてくることは多い。

 私はこの現象を「本当の自分を見つけられた喜び」に起因すると解釈している。

 私は2019年に半年以上かけて心理カウンセラーのトレーニングを積んだが、そのトレーニングの中に「インナーチャイルド」と呼ばれるカウンセリングの方法論がある。

 人の本性というのは小学校に入るくらいまでにある程度、固まってくる。しかし、その後の親や社会との関わりの中での出来事をきっかけに、自分の本性を自らが否定せざるを得なくなり、その結果、逆に生きづらさを抱えてしまうことがある。

 その生きづらさを解消する方法として、自分が否定してしまった自らの本性に向き合い、「否定してしまってごめんね」と子供のころの自分を認めて抱きしめて自分の中に取り込むイメージワークがあるのだ。

 Bさんの例は、そこまで大げさなことではないかもしれないが、「そうか、自分は本当はこんなことがやりたかったんだ」と気が付けることは、インナーチャイルドのような根本的な喜びに近いであろうし、近道でも遠回りでも自分がやりたかったことに向かっていけるということは、生きる喜びそのものでもある。

「やりたいこと」を自覚する機会はあるか

 今回たまたまA社で個別相談の機会を頂き、Bさんと向き合うことができたが、実際には「やりたいことが分からない」ことに悩んで、わざわざ自分からカウンセラーやコーチに相談しよう人はまれだろう。

 そもそも「やりたいことが分からない」ということに気が付く機会が得にくい企業もあるだろうし、「やりたいことが分からない」ことで真剣に悩まなければならない状況も多くはない。

 しかし、たった30分でやりたいことに気付き、モチベーションが上がって変革に向き合っていけるのならば、「やりたいこと」を自覚するための機会を、組織の中で設けてもよいのではないか。

 これはメンバーだけに当てはまることではない。管理職も同様である。私は管理職研修も多く手掛けているが、「この年でやりたいことと言われても」と尻込みする人や、やりたいことと称して与えられたミッションについて苦しそうに話す人は多い。

 また、「やりたいことだけできるわけではない」と怒りを表す人もいる。確かに、自分のやりたいことだけができるわけではないだろう。

 だが、自分のやりたいことでやってもいいことは躊躇なくやってもいいのではないか。また、自分のやりたいことを自覚するくらいしたっていいはずだ。ぜひ、メンバーの、そしてご自身の「やりたいこと」について自覚するためにはどうしたらいいのだろうか、と思いを巡らせてみてほしいと思う。

 今回は「やりたいこと」を自覚すれば、組織と人は変わることができるということについてお話しした。では、次回はその先にある「自由」について考えてみよう。

コンサルタント 大﨑真奈美(おおさき まなみ)

R&Dコンサルティング事業本部
R&D組織革新・KI推進センター
チーフ・コンサルタント

技術者・研究者の企画力向上や、R&D組織革新の支援に従事している。最近は、技術者・研究者の心に火をともすことをミッションとしており「火おこし」役として日々実践・研究をしている。2児の母。カウンセラー資格を持っている。