「提案」における悲しいすれ違い

 私がコンサルティングの現場で出会った場面について紹介しよう。

 あるシステム開発会社のチームリーダーは「自分たちのチームではこういうことやりたい、と言っても、どうせ上司から『それは当部門の戦略にどう貢献できるんだ』と指摘される。やりたいことなんてできない」とぼやいていた。

 また、総合電機メーカーの研究員であるメンバーは「会社からは自由でとんだ発想を期待する、と言われているが、提案すると『それは本当に売り上げが上がるのか』などと否定されてモチベーションが上がらない。本当は提案してほしくないのではないか」と、お怒り気味であった。

 さて、皆さんはこの発言にどのような感想をもっただろうか。メンバーの立場でこの文章をご覧になっているか、上司の立場でこの文章をご覧になっているかで受け取り方が変わるだろう。メンバーならば「そうそう、本当にそうだ」と共感するだろうし、上司ならば「そんな甘えたことをいうな」と思うかもしれない。

 私の立場で解釈をすると、上司は自分の立場で必要な質問をしたにすぎないのだが、メンバーからすればそれを否定と受け止めたという単なるすれ違いであり、コミュニケーション不足が原因である思う。

 実際、リーダーやメンバーに上記の解釈を伝え、上司の希望や疑問も受け止めた上で自分たちの想いをもう少し具体化して伝えたらどうか、と提案すると、少しの緊張を伴いつつも、もう一度、上司に自分の想いや企画案を伝えていた。そうすると上司は「どんどんそういう提案をしてほしい」とウエルカムの姿勢を強く見せていたし、相手批判ではなく企画内容そのものに目が向いて建設的な議論ができるようになった。

「自分で考えてよい自由」に気付いていない現場

 上記の例にかかわらず、メンバーは「自分で考えていいんだ」ということに気付いていない、と感じることが驚くほどある。

 部品メーカーで若手開発メンバー向けのセルフマネジメント研修をしたときに、今後1週間の計画を自分で立ててみてくださいとお願いした。

 入社3年目のメンバーはほとんど立てることができなかったので、難しいのか、と尋ねると「上司が計画を立てるので自分では考えられない。来週、どんな仕事があるのかは分からない」と、特に疑問を抱かずに言っていた。

 中には、「先輩と議論するときに、こうじゃないかと思って提案するんだけれども、先輩がいつも『そうじゃないんだよな~』って返してくる。答えがあるなら先に言ってほしい」と言っているメンバーもいた。よくよく話を聞くと「先輩の持っている正解は、○○なのではないかと考えて、その○○を言っている」というのだ。実際には存在しない正解を当てにいっているのである。

 私は「先輩はたぶんそんなこと望んでないし、正解があるわけでもないと思うよ、間違ってもいいから自分自身の思ったことを伝えた方が、自分の学びになるよ」と伝えた。その後、この方は異動になり、先輩とのコミュニケーションのその後は分からないが、しばらくして再会すると驚くほど自分の意見や考えをいうようになっていた。

 よく、管理職層から「メンバーからの提案が少ない」という嘆きを聞くが、コミュニケーションのすれ違いや業務のシステム、仕事に対する思い込みといった、目に見えない誰も意図していないことが、「提案してよい自由」を奪っているということには気付いていない。

 そして、逆にそれに気が付けば、実は自分が考えたり提案したりする自由はあるのだと感じられるのである。

自由に伴う混乱を現場もトップも受容する

 さて、目の前の課題や業務といった身近なことについての提案や、考える自由について述べてきたが、管理職クラスになると「テーマ設定力」が問われてくる。

 そもそもなにに取り組むべきなのか、ということだ。上位から展開された計画をブレイクダウンすることはできるが、新しく課題を提案しろといわれても難しい、という本音を漏らしてくれる部長もいる。実際のところ、「テーマ設定力」はベテラン、若手問わず、課題である。

 ある部品会社では、若手層・中堅層・管理職層に分かれて、半年間、全て自由に動きなさい、という活動を8期にわたり展開した。担当のコンサルタントにも「なにも導かなくてよい」と言われ、当時、若かった私はメンバーと一緒に、苦しみや楽しみを過ごす、という役割だった。

 当時はトップダウンの強い風土であり、第1期の管理職層の「新商品提案」活動では、初回に落としどころを考え始め、「役員はきっとこういうことを望んでいるだろう」と、やはり正解探しに向かっていった。それではなにも変わらないよね、ということで、最初の2カ月くらいはアイデアに収束が見えず、メンバーはみな不安だった。

 しかし、もう手詰まりだという雰囲気になったら、「このテーマにしてみようよ」と誰かが突破口を切り開いてくれるものである。そこからは、さすがの管理職層であり、テーマを具体化したり検証したりする行動を楽しく加速していった。私もホワイトボードに幾つもメンバーのイメージを絵に描いたりして一緒に試行錯誤した楽しい思い出がある。

 「テーマを決める」には、価値や技術等、ある程度、押さえるべき基本的な考え方は存在するが、一番重要なのは「自分で決める」という怖さを克服することだ。

 自分で決めるということは自分に対する責任を負うことになる。本当はもしテーマが的を射ていないことが分かったとしても、責められたり評価が下がったりということはまれなのだが、まじめな社員は自分で自分を責めてしまう。

 しかし、その必要はないのだと気付けば、自分で決める自由が怖さから楽しさに変わってくる。実際、この会社の活動ではオーナーである役員も、どんな内容であれ否定したり厳しく追及することはなかった。

 また、中堅層の「技術戦略提案」活動では、ひたすら自分たちの興味のある領域を調べたり実験したりするだけで半年を終え、具体的な提案はなかったものの、役員は次期研究テーマとしてメンバーをアサインしたのである。毎回の活動が全て次につながったわけではないが、職場の雰囲気は明らかに「テーマ提案をしていいんだ」という雰囲気に変わってきた。

 このように、トップからのインプットはなく自由に活動してよい場のことを「サンドボックス」と言ったりするが、トップがうかつに指示や評価をせず、さまざまな意見を受け入れる寛容性がサンドボックスの成否を決める。

 管理職は時間という余裕だけではなく、イノベーションに取り組む「自由」をメンバーは感じているのかを点検してみてほしい。そして、本当に「自由」にさせる寛容さを自らは備えているかを、振り返ってみてほしい。

コンサルタント 大﨑真奈美(おおさき まなみ)

R&Dコンサルティング事業本部
R&D組織革新・KI推進センター
チーフ・コンサルタント

技術者・研究者の企画力向上や、R&D組織革新の支援に従事している。最近は、技術者・研究者の心に火をともすことをミッションとしており「火おこし」役として日々実践・研究をしている。2児の母。カウンセラー資格を持っている。