日本企業のオープンイノベーションは、今後どこに向かっていくべきなのか。
社外とのオープンな共創を通じた、「左脳的な」要素と「右脳的な」要素の共存。我々は、これこそが大企業の中核事業の転地、転換を促し、イノベーションを起こす1つのカギになると考えている。
前回の記事では、JVCケンウッドの事例にみられる大企業的・左脳的な要素と、スタートアップ的・右脳的な要素、および、それらが実際にどのような考え方・施策により実現されているかを取り上げた。本稿では、それらを踏まえた、今後のオープンイノベーションの「あるべき姿」について考察を行ってみたい。
【第1回】「JVCケンウッドが社外との共創で成果を出せた理由」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57629)
【第2回】「『両利き』の発想で既存企業もイノベーターへ」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57630)
「共創の組織能力」の能動的な発展シナリオ
前回の記事において、JVCケンウッドは左脳的な要素と右脳的な要素を社内に共存させ、変化を普通のこととする共創の組織能力を備えていること、またそれが受動的な側面だけでなく能動的な側面に発展しうることに言及した。
過去に120件を越す大企業にアクセラレータープログラムを提供してきたCrewwが、近年企業に繰り返し言及しているのが以下の図である。
図の趣旨は、スタートアップとの共創を志向する大企業には組織能力が必要であり、アクセラレータープログラムはそのレベル2の位置付けに当たる手段であるということだ。手前に戻って明確化した目的に沿ったスタートアップとのマッチングを模索することもできるが、その先には組織能力をより能動的に生かしたインキュベーションがある。
インキュベーションには大きく「VC(フィナンシャルゲイン)」と「戦略シナジー(ストラテジックゲイン)」の2つの道がある。企業方針が規定するところではあるが、どちらも企業としての意義を要するために両者の境界線は曖昧だ。
前者は、主に社内の起業家候補へのスピンオフ投資機会を提供し、シード企業を次々と生み出すことを志向する。サイバーエージェントのCAJJなどが該当する。後者はレガシー企業に多く、同様にシード投資機会を提供するが、アセット活用やエコシステム構築といった文脈を志向する。KDDIの無限ラボやソニーのSSAPなどが該当する。後半ステージが投資対象になるが、広い意味ではソフトバンクのビジョンファンドも同類だろう。
なお、CVCは投資判断を円滑化する手段でしかないため、共創の組織能力を持たない企業のCVCが形骸化するのは当然だ。超売り手市場のスタートアップにとって、資金を出すだけの企業投資家の魅力は乏しい。
特に、共創を前提とした「戦略シナジー」を追求するアプローチにはさまざまな発展の余地がある。今や、ソニーのSSAPに京セラやライオンが相乗りする時代だ。そのほか、MaaSやXX-techの文脈で、企業を跨いだアライアンスやコンソーシアムの動きが急増している。持続性の課題が喫緊なものとなっている自治体主導の動きも非常に活発だ。
「ベンチャー投資同様、コンソーシアムも昔からあるブームでしかない」と見る向きもあるが、これを機会にぜひ異なる見方をして欲しい。
企業間をまたぐ共創が広がる背景
今般のコンソーシアム急増のトレンドの背景には、デジタル化に伴う業界や事業構造の変化がある。デジタル化の影響についてはさまざまな指摘があるが、その示唆するところは(1)価値提供の主軸が供給側からユーザー側の体験にパワーシフトし、(2)バリューチェーンからレイヤー構造へ移行して行く中で、(3)ネットワーク効果などの経済性が働くポジション獲得を目指すべし、といったところだろう。
本稿ではその各論に触れないが、背景を理解する上で指摘したいのはインパクトの視点である。企業戦略の文脈でオープンイノベーションを語る際、アクセラレータープログラムは成果の規模が小さいといった指摘があるがこれは誤解だ。プログラムが提供するのはスタートアップとの協業案の束であり、共創の組織能力構築の支援であり、あくまで大企業から見た新規事業創出の入り口でしかない。
協業案をより大きな成果に導くのはプログラム開催企業の仕事だが、上記のトレンドを踏まえると、一企業としての戦略シナジーの文脈だけではインパクトに限りがあることは自明である。インパクトを指向すれば企業を跨ぐアライアンスは必然であり、価値あるパートナーやメンバーになるためには共創の組織能力は不可欠だ。そこでは参加企業の規模が大きいか小さいかはあまり意味がなく、それぞれ異なるポジションの取り方がありうるだろう。
もう1つ指摘したいのは、強みは生かすだけでなく新たに作るべきとの視点である。前稿でイノベーションを定義する際に、敢えて「手段と目的の両方を含む」とし、また製造業に特有の強みに対するバイアスについて言及した。オープンイノベーションは手段であって、手段を目的化してはいけない、という指摘が聞こえてきそうだ。しかしながら、今や手段か目的かの議論にはあまり意味はない。
もちろん大企業側に仮説やフックとしての強みは必要なものの、学習を通じて、手段から目的が生まれうる可能性は否定できないだろう。それを受け入れて飛び込むことで、戦略シナジーの可能性が広がる。GAFAの各社も創業当初から強みがあった訳ではなく、事後的かつ継続的に強みを構築している。それは今や大企業である各社とて同じはずだ。
イノベーションマネジメントのコンセプト
「右脳と左脳の行き来」は、アイデア発想の方法論という観点では、既によく知られた理論である。しかし、これを企業の新規事業創出・オープンイノベーションのフレームワークそのものに当てはめてマネジメントを行っている事例は少ないのではないだろうか。
通常、大企業のイノベーションマネジメントは、左脳的になりがちだ。右脳的なものは、マネジメントがしづらいからである。もちろん、左脳的な観点でのマネジメントが間違っているわけではなく、これだけでもある程度の「タネ」は期待できる。
しかし、それぞれのタネに対して本当の意味での「モメンタム」を付与することは難しい。多くの大企業において、アイデアの数ではなく、そこから先に進まないという点が課題となっていることからも、左脳的アプローチの限界が見て取れる。
JVCケンウッドにおいては、偶発的な要素も加わり、左脳的要素と右脳的要素がミックスされた状況が作り出されたことで、大きなモメンタムが生まれていると捉えることができる。
では、それは戦略的にはどのような「あるべき姿」として理解されるのか。今回の事例を通して、イノベーションマネジメントの新たなコンセプトが浮かび上がる。それは、「点は先に繋ぐのではなく、あとで繋ぐ」ということだ。
新事業を考える際に、最初から全社的な意味合いや既存事業とのシナジーを狙うと、各段に難易度が上がる。そのような事業のタネはそう転がっているものではなく、また既存事業部との利害調整といった実務上の難しさもある。
そこで、一旦、既存事業と線引きしたところで、スタートアップ的なWhy/What/Howの要素を押さえてテーマを推進する。もちろん、シナジーを考えないわけでなく、事業としてある程度自走できた段階で“改めて考える”。これを実現するためには、JVCケンウッドが「ブランドイメージ」という形で制約を設けたように、オープンイノベーションを開始する段階でも自社の戦略とのアラインメントを緩やかに取っておくことが重要だ。
JVCケンウッドのような事業領域であればブランドイメージとなるし、材料や部品といったレイヤーの企業であれば自社の「コアコンピタンス」「コア技術」がそれに該当するだろう。
例えば、富士フイルムは12のコア技術とそれがもたらす価値を定義し、外部発信している。この場合、コア技術は「精密塗布技術」のような粒度、提供価値は「光を制御する」という粒度の表現となっている。富士フイルムが持つ実際の要素技術はもう少し狭いものであるに違いないが、このように、根本にある自社の強みや価値観を、一段昇華した言葉で定義することで、現在の要素技術にとらわれない新しい技術や市場の呼び込みを可能としつつ、自社の戦略とのアラインメントも取りやすくなる。
特に、日系企業においては、種々の商業的慣習が足かせとなって、欧米企業のようなポートフォリオ組み換え型の経営アプローチを取りにくく、また、職人気質の国民性に鑑みても、コアコンピタンス経営の適合性が高い。コアコンピタンスを定義し、その中で新しい領域に挑戦するという考え方が重要だろう。
また、戦略的アラインメントに加えて、ある程度「モノ」になるまでのモメンタムの維持という観点で、顧客視点のような形で事業推進の「強制力」を持たせる工夫は有効であろう。
日本企業のパラダイム
このような一見場当たり的に見えるマネジメントは、日本企業には不向きと捉えられるかもしれないが、実は日本企業はこのアプローチの方が得意だ。
一番分かりやすいのは、何らかの買収案件が外部から持ち込まれ、相手先事業を自社の傘下に入れるような場合だ。持ち込まれるまでは、相手先事業とのシナジー等考えたことがなく、そのようなアイデアを発案しても社内的にまず受け入れられないという状況であったとしても、実際にグループ会社になると、途端に相手先の資産を活用することが“オーソライズ”される。また、社内においても、組織を超えた連携は非常に苦手だが、ひとたび組織再編があって2つの組織が統合されると、途端に連携のモメンタムが働く。
つまり、何もないところから事業を構想するよりも、何らかの形で“オーソライズされた”点を起点として線を描く方が得意なのだといえる。
これは、競争優位性の観点でも、有効性の高いアプローチだ。今ある事業を起点とした分かりやすいストーリーは、他社にとっても魅力的なので、多くの場合、競合他社と似たり寄ったりの戦略になってしまう。一方、既存事業と離れたところで生み出された偶発的な点と、既存事業を繋いで生み出されるストーリーは誰にも設計できない。
日本企業においては、このような偶発的な経緯のもとで、差別性の高い事業が生み出されていることが多い。これを、オープンイノベーションに対しても応用することで、左脳的要素と右脳的要素を共存させることが可能ではないだろうか。
オープンイノベーションのあるべき姿
ここで、JVCケンウッドの事例を振り返ろう。
彼らは、新規事業を考える上で、既存事業とのシナジーという観点は重要にしているが、最初から“全社横断“のような大きなテーマはあえて狙っていない。かといって、既存事業の不足を補うようなオープンイノベーションだと、小粒になりがちであるとの課題意識もあったため、飛び地領域で、ある程度偶発性にまかせてテーマを推進した。ここで、スタートアップ的な動き方ができていたことは重要な成功要因である。
一方で、飛び地・偶発的といえど、それぞれのテーマは「ブランドイメージ」によって既存事業との連関が緩やかに担保されているために、既存事業とのシナジーを考えやすい状況が生み出されている。
彼らにとって、点を繋ぐ作業はここからであるが、結果的に生まれてきた「テレマティクス事業」と彼らの既存領域を結んだ交点には、多くの「差別性の高い」事業機会が(外部の目から見ても)想定される。それらを、「テレマティクス事業」という点がない中で、発想することは容易ではない。点が打たれたからこその、事業機会なのである。
このような機会創出のアプローチは、今後のオープンイノベーションのあるべき姿として、重要なベンチマークになり得ると考える。
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なお、JVCケンウッド、ADL、Crewwの本稿当事者がパネラーとして参加するイベントを、10月4日(金)の夜に実施する。本記事の内容に興味を持たれた方は、ぜひ参加されたい。(イベントページ:https://peatix.com/event/1327440/view)






