だが、現地の人々とのコミュニケーションは決して簡単ではなかった。若者たちは皆英語を理解するが、チームのチャットはすべてインドネシア語である。筆者は、インドネシア語は全くできなかったので、当初は翻訳アプリを使って内容を1語1語英語に翻訳し、必要に応じて英語をインドネシア語に翻訳して指示を出すこともあった。

 ただしばらくするとそれが煩わしくなり、仕事の合間を縫ってインドネシア語を勉強し始めて、イベントの直前にはチャットのやり取りは翻訳アプリを使わずに理解できるようになった。皆も時間がない中でこのプロジェクトに協力してくれている以上、自分もできるだけ彼らに寄り添いたいと思っていた。

謎の「山田さん」登場に困惑

 2023年11月末、パフォーマンスまで1カ月を切ったある日、エコ氏から桃太郎ワヤンの台本が届いた。実は、ワヤンはインドネシアの公用語であるインドネシア語ではなく、現地の民族語であるジャワ語で演じられるため、多少かじったインドネシア語では全く理解ができない。愛用の翻訳アプリDeepLはジャワ語機能を搭載していないため、仕方なく、少し翻訳能力が不安なGoogle翻訳を利用して読み始めた。

 これまでちゃんとコミュニケーションを取ってきたのだから、台本に大きな問題はないだろうと考えていた。むしろ、どんな桃太郎が出来上がるのか楽しみだった。

 しかし、第一幕の冒頭のナレーションを見て度肝を抜かれた。

「山田さんは、悩んでいた」

 それが冒頭の一言だった。

 思わず頭が真っ白になった。まず、山田さんって誰だ。さすがに何かの間違いだろうと思いつつ、先を読み進める。全12ページの台本の3ページ目まで来ても山田さんと謎のインドネシア人の掛け合いが続く。翻訳アプリの問題もあるだろうが、ジャワ語(Javanese)と日本語(Japanese)は1文字しか違わないのに、とにかく読みづらい。翻訳アプリの限界を感じた。

 筋書きを簡単に説明しよう。舞台は西暦2023年頃のインドネシア・ジャワ島のとある村。稲作を主な生業とする村では、近年の地球環境の変化を受け、水害・干ばつ被害や害虫の被害に悩まされてきた。そこへ日本の農水省の山田さんがやってきて、地元の協力的な農民と有機農法を展開するという話である。

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