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国連の独立専門家は「戦争犯罪」という言葉を使い、ハマスとイスラエル双方を批判している(ガザ市のアル・シファ病院の保育器から救出された未熟児、2023年11月19日、写真:ロイター/アフロ)国連の独立専門家は「戦争犯罪」という言葉を使い、ハマスとイスラエル双方を批判している(ガザ市のアル・シファ病院の保育器から救出された未熟児、2023年11月19日、写真:ロイター/アフロ)

(文:越智萌)

ハマスの襲撃と、それを受けたイスラエル軍のガザ地区への空爆によって、すでに多数の民間人死傷者が出ている。国際政治の場では、こうした行為を非難する際に「戦争犯罪」というワードが使われることがあるが、国際法上の「戦争犯罪」が成立するには様々な条件がある。紛争の当事者が互いを国家として承認していない場合、拠って立つ法的な前提がそもそも異なることとなり、ある種のパラレルワールドが生じる。

パレスチナの国家性を認めるか、ハマスはパレスチナを代表する組織なのか、あるいはガザ地区は「被占領地」なのか。これらをどう認識するかによって、今回の紛争に適応される国際法も厳密には異なる。国際政治における各プレーヤーが「戦争犯罪」という言葉を使う時、そのプレーヤーの法的解釈も問われることになる。ただし、戦争犯罪であれ他の罪であれ、犯罪の責任はいつか必ず問われねばならない。それを裁く法廷において、並立する世界線は最終的に統一されるはずだ。

 裁判になれば、各プレーヤー(=当事者。本記事では直観的なわかりやすさのため、プレーヤーと呼ぶ)が法的主張を行う。そのため、法廷ではプレーヤーの数だけ法的パラレルワールド(複数の法的な世界線)が出現する。ハマスとイスラエルの紛争(以下、本紛争)に関しては、このパラレルワールドは、この紛争を取り巻く各主体によって、しかも他の事件では問題にならないような基本的な前提から分岐している。そして例えば、「戦争犯罪」概念が成立しない世界線に身を置くプレーヤーは、「戦争犯罪」が行われた、という主張を行うことはできない。

 この記事で行うのは、各プレーヤーがどのような法的世界線に身を置いているのか、過去の発言等から推定することである。よほど発言の一貫性を気にしないプレーヤーでない限り、国際的な発言や行動も、少なくとも過去のそれと矛盾がないように行うことが想定される。そのため、各プレーヤーが身を置く世界線(国際法的前提)の理解は、今後の各プレーヤーの動きや発言を理解するのに役立つだろうと思われる。

 裁判官は、すべての主張を聞いた上で、法的な分析に基づき決定を下し、複数の世界線を統一する。本稿では、裁判官がどのような決定をするかには踏み込まない。なお、想定される「法廷」としては、まず国際司法裁判所(ICJ)が挙げられる。2022年12月に国連はICJに対し「東エルサレムを含むパレスチナ占領地域におけるイスラエルの政策と実行から生じる法的帰結」についての意見を求める決議を採択しているため、ICJによる法的判断が数年以内に出される予定である(公聴会は2024年2月19日に予定されている)。

 また、中核犯罪(コアクライム。例えば、ジェノサイドや戦争犯罪といった国際法上の犯罪)についての個人の刑事責任を追及し得る国際刑事裁判所(ICC)も、パレスチナの事態について2021年にすでに捜査を開始している。

※ 本稿の基準日は2023年10月25日(イスラエル軍によるガザへの地上侵攻は起きていない)である。

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