本紛争において「武力紛争」が存在するか。これは、各プレーヤーの法的前提に依存する。そもそもまず、イスラエルや欧米等は、いずれも相手を正式には「国家」として認めていないため、一見すると国際的武力紛争(IAC)は成立しそうにないが、「武力紛争法の適用の目的では国家と同等のものとみなす」といった擬制を行う可能性もある。また、例えばパレスチナの国家性を認めなくとも、かつてガザがその一部であったエジプトとのIACが継続しているとみなすことはできる(ICJ壁事件では、西岸地区についてヨルダンの占領地とみなした)。

 実際には、各プレーヤーは(意図的に)国際法上の概念の使用を避けていると見られ、例えば「I(国際的)」も「NI(非国際的)」もつかない「無印の」武力紛争と述べるなどするため、客観的に各プレーヤーの主観を推定することができるにとどまり、断定することは到底不可能である。

5つの世界線からさらに分岐

 ハマスの世界線では、占領を行っている主体(イスラエル)に対して、パレスチナ国を代表して(に属して)闘っているという立場と考えられる。その組織性と烈度の観点から、イスラエルという武装集団に対する法執行ではなくNIACを戦っているものとするか(ハマスの世界線①)、この限りでイスラエルを「占領者という意味で国家と同等のもの」と扱ってIACがあるとする可能性もある(ハマスの世界線②)。

 パレスチナ自治政府の世界線では、占領を行っている主体(イスラエル)に対して、ハマスというパレスチナ国を代表しない(「属しない」とは言ってない)武装組織が闘っているという立場と考えられるが、ハマスを直接非難する声明を取り消したり、「テロ集団」と呼ぶことを避けていたりと、立場に揺れがあるため、今のところ主観的立場は曖昧である。

 イスラエルの世界線は複雑である。イスラエル最高裁は、2006年の標的殺害事件ではテロ組織との敵対行為はその軍事的能力の高さから、国際的な性質であると判断していたが、2018年のイェシュ・ディン事件ではイスラエルと「ガザ地区を統治する主体およびハマス」との間に「無印の」武力紛争が存在し、かつ「武力紛争に適用される国際法が適用される」が、市民によるデモには法執行パラダイムが適用されるとしてきた。

 イスラエルは1948年以降継続して「非常事態」下にあるが、10月7日のハマスによる侵攻に際し、追加的に複数の非常事態規制を発出している。ベンヤミン・ネタニヤフ首相が「戦争状態」を宣言し、自国の空軍や地上軍を大規模に派遣していることから、本事態を国内的な説明として法執行活動とする余地は少なく、パレスチナを国家と擬制しIACがあるとするか(イスラエルの世界線①)、ハマスを独立の武装集団とみなし得るが(イスラエルの世界線②)、その中での法執行パラダイムが完全に排除されることもない(イスラエルの世界線③)。

 欧米等の世界線では、イスラエル(国)が、(国ではない、またはエジプト等の第三国の)占領する地域における武装集団と闘っているという構図になる。イスラエルの世界線①と同様に、パレスチナを国家と擬制しIACがあるとするか(欧米等の世界線①)、ハマスの組織性と紛争自体の烈度が十分に高いと判断しNIACである、またはそうなった、と理解する可能性もあるが(欧米等の世界線②)、あくまでハマスは「テロ組織」(武装組織)であり法執行の対象であるとの立場をとる可能性もある(欧米等の世界線③)。米国国務省は2023年10月14日のメディアノートでガザの状況を単に「武力紛争」(IもNIもつかない「無印の」武力紛争)としている。

 国連等の世界線では、イスラエルとパレスチナの間で継続する占領を背景に、イスラエル国軍とパレスチナ国の民兵隊であるハマスが戦闘を行っているとみなし、IACがあるとの立場をとり得るが(国連等の世界線①)、アラブ諸国以外はハマスを武装組織としてNIACとする立場に分離する可能性もある(国連等の世界線②)。

 上記をまとめると、2023年10月7日以降の状況に対する各プレーヤーの主観的な法状態は以下の表のように整理される。

表:各プレーヤーの主観的な法状態(筆者作成)表:各プレーヤーの主観的な法状態(筆者作成)
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