(冬将軍:音楽ライター)

90年代から現在までの、さまざまなヴィジュアル系アーティストにスポットを当て、その魅力やそこに纏わるエピソードを紹介していくコラム。今回は 2000年12月に終幕、2007年12月24日に一夜限りの復活を果たし、2010年の活動再開以降、ヴィジュアル系のレジェンドとしてシーンを魅了し続けるLUNA SEAの音楽性に迫る。 (JBpress)

ヴィジュアル系ロックの代名詞

 スピード感のあるアップテンポの楽曲。激しめのギターリフのイントロで始まるが、歌に入ればどこか淡々としたクールなボーカルライン。そこからサビに向かって盛り上がっていき、泣きメロのサビへ。昂揚した盛り上がりはそのままに、ドラマチックなギターソロへと突入していく——。

 文字にすると一見情報過多のように思えるが、想像してみれば実にヴィジュアル系っぽい曲に思えないだろうか。

“侘び寂び”の概念をより顕著に表し、雑食性と多様性をオリジナリティとして昇華していく日本ならでは業というべきもの。海外で生まれたロックは日本において独自の発展を遂げた、それがヴィジュアル系の音楽なのである。そんな現代にも続いている、音楽としてのヴィジュアル系の象徴にもなった楽曲がある。LUNA SEA「ROSIER」(1994年)だ。

 私は著書『知られざるヴィジュアル系バンドの世界』(星海社新書)において、“ヴィジュアル系っぽい音楽要素“を5つ挙げ、その代表曲のひとつとして「ROSIER」を選んだ。BOØWYとBUCK-TICKが確立した、退廃美の世界観と刹那的な歌詞が織りなすビートロック要素に加え、“緩急のついたドラマティックな楽曲展開”で魅了したのだ。

 同書では、以下のように書き記している。

 クールな平歌から一気に駆け上がるサビ、セリフ混じりの間奏から炸裂するギターソロ、ハーフダウンっぽくひと息ついたかと思えばそのまま2番へ。ラストはこれでもかというほど捲し立てていくサビ……。刹那的な詞、退廃美の世界観、慟哭性のあるマイナーメロディに加え、ロックバンドとしてのアンサンブルのカッコよさがこれでもかというほど注ぎ込まれた、一切隙のない楽曲だ。速弾きや変則的な超絶技巧のような個人プレイを用いらず、バンドが一体となるスリリングなアレンジによって、キャッチーさを生み出すという手法だ。

 声量豊かで、ニヒルな低音から伸びやかな高音まで突き抜けていくRYUICHIの歌はもちろん、咽び泣くようなロングトーンのSUGIZOのギターソロ、“WAKE UP! MOTHER FUCKER”なパンキッシュで男臭いJのベース。間奏の英詩セリフまでカラオケで歌う男性ファンは数えきれない。重心を低めに取りながらも緻密なリズムを刻んでいく真矢のドラム、寡黙にアンサンブルの平衡を取っていくINORAN……5人それぞれの見せ場があり、各々の魅力がよくわかる、そんな楽曲が「ROSIER」である。LUNA SEAの代表曲になったと同時に、同曲が持つ緩急を持ったドラマティック性が、ヴィジュアル系ロックの代名詞となっていった。

 LUNA SEAというバンドは不思議だ。ステージから放たれるモノは、音だけではない。密度の高いエネルギー、圧倒的な存在感を放つオーラというべきだろうか。目に見えぬ塊のようなものを身体に感じるのである。そして、綿密に練り上げられたアレンジの構築美に呑み込まれていく。

 しかしながら、高度なテクニックというわけではなく、疾走していくアンサンブルがぴたりと止まるブレイクやキメの瞬間にLUNA SEAらしさを感じるのだから、本当に不思議なのだ。「TRUE BLUE」(1994年)のイントロ、「ジャ、ジャ、ジャ、」というキメだけで、これぞLUNA SEAと思わせる説得力。それは5人が引き起こすバンドマジックというべきものであり、多くのフォロワーを生み出した。そして、少年少女たちが憧れるロックへの初期衝動にもなったのである。