あえてテロ現場を会場とする欧州の矜持

 通常なら二重三重のセキュリティが張り巡らされて当然の国際大会で、「最前線では軍事的緊張関係にある同志も、スポーツと平和の祭典だけは、ルールを守って友情を確かめ合いましょう」というとき、そこで前提とされるのが、どうやら日本では「性善説」であるのに対して、日本以外のほぼすべての国では「性悪説」を前提に、あらゆる事件・事故を回避しようとしているように思われます。

 実際、ベルリンのテロ事件で、トレーラーが侵入してきた経路には、先ほどの完全封鎖の先立って、牽引型の「大型トラック」が横づけされ、多数のパトカーとともに道を完璧に封鎖しています。

 会場内は随所に武装警官がおり、ドローンなど警戒しているのか、上空の安全も随時確認、至る所に配置された巨大なコンクリート障害物が、地上からの侵入を完全にブロックしています。

テロリストのトレーラー進入経路に二重三重に横づけされる大型牽引トラック

 一見すると、家族連れなどが長閑に闊歩し、平和なスポーツの祭典と見えますが、挙動不審者の呼び止め、バッグを持った入場の規制などは、まず間違いなくプロフェッショナルと思われるガードが厳密に行っています。

 ボランティアでできる仕事では、まず、ありません。

 いまだ報道される情報が少ないため、ピントが外れている面があるかもしれません。しかし、国際社会の目や耳には、私と同様か、さらに少ない情報しかもたらされません。

随所に配置された、赤白に塗られた巨大なセキュリティ・コンクリートブロック

 そのような状況で、いったい日本は何を考えて五輪を開催しているのか、まともに安全を保障する覚悟ができているのかと疑問を持つ人々を、大学教授などの有識者をはじめ、多く作り出しているのは間違いありません。

 どうにも見切り発進が否めない2020年の五輪、改めて徹底的な再検討が必要なのではないかと、痛感せざるを得ませんでした。