クアラルンプールの高級ショッピングモールに特設された「Japan's Shinkansen」(日本の新幹線)の展示場。日本の技術と安全性は、マレーシアでも断トツの人気だ(筆者撮影)

 「巨額のお金がかかるだけでなく、マレーシアにとって一銭にもならない」――。

 マレーシアのマハティール首相は5月28日、マレーシア-シンガポール間の高速鉄道計画(HSR)の中止を電撃的に表明した。

 寝耳に水だったシンガポール政府に筆者が29日午前中確認すると「いまだ、マレーシア政府から中止に関する正式な通達は来ていない」とした上、「HSRは両国間の合意に基づき、2国間の相互利益と責務が課されていた」と“マハティール・ショック”に驚きを隠せない様子だ。

 同計画は、中国の習近平国家主席が推し進める経済構想「一帯一路」の中核事業。日中がこれまで激しい受注合戦を広げてきた。

 これを受け、石井啓一国土交通相は29日、「マレーシア、シンガポール2国間の協議(違約金5億リンギ=約140億円を巡る)の状況を注視したい」と述べたが同計画は頓挫することが決まった。

 マハティール首相は、これまで欧米やシンガポールに対して強硬姿勢を打ち出してきた背景もあり、両国間には1MDBの対応や資源協定など、様々な問題も抱えていることも大きい。

 シンガポールのリー・シェンロン首相は、かつて、マハティール首相が対立した故リー・クアンユーの息子で、マハティール首相にすれば、「父の傀儡で、”若輩の首相”」と捉えている姿勢の表れだ。

 そんな中、マレーシアでの一帯一路計画を見直すと本コラムでも触れていたマハティール首相は、就任早々この問題に着手した(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52796、政権交代で中国の一帯一路を封印したいマレーシア)。

 これにとどまらず、本コラムでも触れたように(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53132、一帯一路のマレーシア東海岸鉄道計画中止か)、マハティール首相が同じく習国家主席の一帯一路の肝いりプロジェクト「東海岸鉄道計画(ECRL)」の中止も視野に入れた見直し交渉を中国政府と開始した。

 マハティール首相による一刀両断的な習国家主席主導の一帯一路の主要事業の中止や見直しは、中国の面子を潰すだけでなく、一帯一路の実現そのものに大きな打撃を与えることが避けて通れなくなってきた。

 マハティール首相はなぜこの時期に、中国を敵に回すことになるHSRの中止を公表したのだろうか。

 28日付の英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙のインタビューで「HSRやECRLなどの大型プロジェクを中止すれば、国の借金の5分の1を肩代わりすることができる」と語っており、2020年の完成を目指す金融特区「TRX」やバンダル・マレーシアなど、中国関与のプロジェクトの中止や見直しの公算が高まっている。

 そんな中、HSRの中止に踏み切った背景には、国内財政上では、選挙公約の消費税廃止(6月1日から)に伴う財源確保がまず第一に挙げられる。

 さらに、ここ数日で明らかになったナジブ前政権下から引き継いだ膨大な国の債務額(1兆リンギ=約28兆円)を抑えるため、歳出削減を迅速に進めなければならなくなったことが大きい。

 膨大な借金を抱える中、市場の早期信頼回復を狙っている。