「過去のナチス・ドイツのオランダ侵略の歴史から、反対派のデモ隊が結婚式場の教会に押し寄せ、爆弾も投下されるなどの大事件が発生。クラウス殿下は王室入りした後もドイツ人であることから国内から批判を受けた。それがきっかけで、うつ病、いわゆる“適応障害”を患った時期がある」

 「外交官としてのキャリアをなくした上、ドイツ人として批判され、さらには『女王の伴侶』としてしか評価されなくなったことで、ひどく落ち込んでいった」

 雅子妃は、2006年8月にも、オランダ王室の招きで、オランダで静養している。

父親も住んでいるオランダ

 オランダには、2003年から同国ハーグの国際司法裁判所判事を務め、同所長を退任した後も引き続き同裁判所の判事を務めている元外務事務次官の実父、小和田恒氏が住んでいる。

 同じ民間人の美智子さまの実家の正田家と違い、婚約当初から皇室や宮内庁人事などで“小和田家の関与”が取り沙汰される中、小和田氏自らオランダ政府、王室へ働きかけたとも言われている。

 しかし、一方で「雅子妃にとっては、クラウス殿下、オランダ王室の存在や配慮が精神的な支えになったのは間違いない」(宮内庁関係者)。

 オランダのベアトリクス前女王とドイツ人のクラウス殿下の子息のアレクサンダー皇太子(2013年国王に即位)のお妃のマキシマ妃の存在も大きいからだ。

 結果的に雅子妃の11年ぶりの海外公務となった2013年の夫、アレクサンダー皇太子(当時)の国王即位式への招待は、「同妃が直接、雅子妃に国際電話して実現したもの」(前出の筆者、オランダ人友人)という。

 「同妃は、アルゼンチン出身。さらに、現国王と結婚する前は、ニューヨークの銀行で働いていた元キャリアウーマン」(同上)でもある。

 「マキシマ妃の父上が、アルゼンチンの農林水産相だった頃の政権時の人権弾圧問題などに関わっていたとされスキャンダルとなったが、王子が王位継承権を捨てる覚悟で同妃を守り抜き、無事、成婚を果たした」(同上)。

 結局、マキシマ妃の父は、結婚式には参列できなかった。しかし、マキシマ妃は自らの家族のスキャンダルにもめげず、「今ではオランダ語も堪能になり、持ち前の明るさで、国民の人気も高い」(同上)という。