「こんなに山深い田舎町の企業に、北は北海道から南は沖縄まで優秀な学生さんがいっぱい来てくれるのは本当に有り難いことです」
瞳の奥に優しさをたたえた笑顔でこう語るのは伊那食品工業(長野県伊那市)の塚越英弘副社長である。10月3日に80歳の誕生日を迎えた創業者の塚越寛会長の長男で、いずれ同社を引き継ぐのは間違いない。
日本はここ1~2年で人余りから人手不足へ大きく変わった。就職戦線はかつてない売り手市場となっている。東京の大企業にはそれほど問題ではないことでも地方の中堅・中小企業にとっては死活問題となる。
しかし、伊那食品工業にとってこうした世の中の変化は全く関係ないという。
20人の募集に1200人が殺到
「このところ毎年20人ほど大卒採用していますが、1200人以上の学生さんが応募してくれています。昨年もそうだったし売り手市場になったと言われる今年も全く変わりませんでした。それどころか少し応募者が増えたくらいです」
塚越副社長はこう語る。20人の採用枠に対し1200人の応募ということは、60人に1人という狭き門である。
東京から公共交通機関で約3時間という決して便利とは言えないところにある社員数449人、売上高191億800万円の食品メーカーがなぜこうも人気なのか。
「世間でブラック企業と呼ばれる会社さんと当社とは全く正反対ですからねぇ。そこがやはり一番大きいと思います」
同社の社是は「いい会社をつくりましょう」。社員とその家族だけでなく、地域の人たちからも、取引先からも皆に「いい会社」と呼ばれるような会社にしようというのだ。
そのため社員を大切にする経営を創業時から続けている。それは世の中の変化がどうあろうと揺るぎない。人余りの中で人件費を削って利益をかさ上げしたり、サービス残業を課したりすることは決してしない。
目の肥えた学生にはそこが大きな魅力に映るようだ。もちろん東京でフィンテックを駆使して若いうちに大儲けしたいと考える学生には魅力が薄いかもしれない。しかし、人生は様々。生き方も様々。多様性は日本にとって重要だ。