「テーラードエデュケーションを仕立てるのは、親でも、先生でも、学校でもなく、私たち一人ひとりです」

 瀬戸さんは日本に戻ることを決めた。

「日本でも大学教育に携わらないかという声はいただきました。でも、世界トップレベルと比べると、日本の大学は人材の登用や研究文化などで20年の遅れを感じます。僕は、世界のトップレベルを経験したからこそ、日本の大学が内発的に変わるための人材の発育をしたいと思いました。それであれば、未来を生きる者たちの教育に貢献したいと感じました」

土佐町をエデュケーションフロンティアに

 そんな瀬戸さんが次に選択したのが高知県土佐町だった。やってきたのは、2016年の年始だという。

「研究所を辞めて日本に戻ろうと思ったときにいろいろと調べて、そこで見つけたのが土佐町でした。親戚や知人がいるというわけでもありませんでしたが、タイミングがよかったんでしょうね。縁があったんだと思います」

 瀬戸さんはまずは「地域おこし協力隊」として活動を始める。教育という思いを持っている瀬戸さんは、当初は学校などで講師をしたり、外部からの有識者を呼んだセミナーを開くなどをしていた。

 町の規模も瀬戸さんの理想のものだった。「一人ひとりに合った教育を提供するには、人数が多すぎても難しい。大都市ではなく、小さくても子供たち一人ひとりのことを把握できるような町を思い描いていたので、この規模の町と出会えたのは縁があったと思っています」

 土佐町役場を辞めると、瀬戸さんはNPO法人SOMA(ソマ)を立ち上げ、代表に就任した。より自由に、地域に根付いた活動をしていくということだろう。

 SOMAは、JAの直売所の跡地を「あこ」という事務所にして、大人も子供も「自分の興味に従って、自由に学び浸る」場を提供している。

「SOMAの設立前から、地域の学校の総合的な学習の授業の企画・運営やアイデアソンなどのワークショップを開催したりしていました。やって失敗する場を作ることが大事だからです。失敗できたってことは、まず覚悟を持ってなにかを選択できたということです。これは、いくつになってもとても大事な行動の経験ですよね。失敗しながら学ぶ、動く、そういう場を作ることが大事。そこでの失敗や成功が、始まりであればいいと思っています。自分がやっていることは種まきのようなものでこの町の自発的な変化を見てみたい」