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『路地の子』の主人公、上原龍造は食肉の仕事に携わり、同和利権を取り込みながら事業を拡大していく(写真はイメージ)

(文:仲野 徹)

路地の子
作者:上原 善広
出版社:新潮社
発売日:2017-06-16

 主人公は上原龍造。昭和24年に大阪南部の路地、一般的な言葉でいうところの被差別部落、に生まれた無名の人だ。子どもの頃から、出身路地である更池の人たちの仕事場であった「とば」で食肉の仕事に携わり、努力と決断力、そして、持ち前の度胸の良さと喧嘩の強さを活かし、同和利権を取り込みながら事業を拡大していった。その一代記が、息子であるノンフィクションライター上原善広によって丹念に綴られていく。

 冒頭からトップスピードだ。まず、とばではいかにして牛を処分するかの説明で始まる。次は、とばで、中学校三年生の龍造が、十八歳の極道見習い武田剛三を牛刀で追い回すシーンだ。周囲の人が止めに入らなかったら、間違いなく斬りかかっていた。

“殺すつもりでいかな舐められる”

 龍造の育ちと性格を頭に入れながら、優れたバイオレンス映画を見始めたかのごとく、ぐいぐいと引き込まれていく。

 三歳で母に死なれた龍造は祖父母に育てられた。祖母は世知に長けた人で、極道にはなるな、覚醒剤はやるな、入れ墨はするな、と教え、龍造はそれを守った。欠席が多かったとはいうものの、私立中学校を出してもらった龍造ではあったが、子どものころから遊び場のひとつとして親しんだとばでの仕事に就く。