前回ドイツの山奥に住む(という)「いたずら小僧」コーボルトが、イスラム由来の錬金術によって銀鉱の中から不純物として分離されて「青い錆」酸化コバルトという正体を捕まえられた、というところまで、マイセン陶器の「青」の話の前半をご紹介した。

 今回はその続きなのだが、事態は思わぬ方向に展開を見せる。

ゴミ回収から始まったビジネス

 ドイツ中東部、ザクセンの銀山では「青い錆」酸化コバルトの使い道など、最初はなかった。これが科学技術先進国、イスラム圏であればガラス工芸での青色の染色などに使うことも可能だ。だが中世ドイツの山奥に洗練されたガラス工芸は存在していなかった。

マイセンの街並み(ウィキペディア

 銀器にヒビを入れて壊してしまう困った「青錆」コバルトは長らく、樽につめて放置され、かさばってくると山奥に捨てられるだけの運命だった。21世紀の目から見れば「なんともったいないことを!」と思われるに違いない。

 話が少し飛ぶが、尖閣諸島での漁船事故問題では「レアアース」希土類の輸出が問題になったけれど、コバルトは国際的に見ても希少な資源金属の1つだ。

 中世ドイツの銀山は、まさに「宝の山」の中で、ゆくゆくは銀よりはるかに価値が出るはずの「青錆」を、ゴミとして捨てていたのである。

 ところがこの「青錆」が、イスラム世界ではステンドグラス染色に使われる「資源」だという「情報」を握った人々がいた。

 海運に携わり、各国事情に通じていれば、この手の情報は手に入る。また欧州内陸部での銀山のゴミ事情なども、ある種のビジネスパーソンの耳には入ってくる。両者が合致したところで「これだ!」と気づいた人々がいた・・・オランダ人たちである。

 ザクセン鉱山の人々は、粗大なゴミとして処置に困る青錆を「分けてもらえませんか?」と尋ねてきたオランダ人の申し出に、最初は「どうぞどうぞ」と歓迎をもって応じた。

 それまでは、重い思いをして山奥まで捨てに行かねばならなかった青錆、子供がなめたりでもしたら有毒な物質でもあり危険なゴミを、お金を払わなくても引き取ってくれるという。これはありがたいというのが、最初の頃は本当のところだったのだろう。