米国では11月26日は米国人の大好きな感謝祭の祝日であり、本来は神に収穫を感謝する日である。
一流の国際政治学者であるハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授*1がこの感謝祭にひっかけて「2015年米国人が感謝すべきトップテン」*2を発表していて、非常に面白い。
トップテンの1番目は「米国で生活していること」であり、2番目はなんと「バラク・オバマ」である。「米国人はオバマ大統領に感謝しなければいけない」と超一流の政治学者が主張しているのである。
本稿の読者の多くはこの主張に違和感を持つかもしれないが、米国で生活し安全保障を研究している私には全く違和感がない。
世界秩序の破壊者から脱却
1番と2番は相互に深い関係があり、米国が他の諸国に比較し安全で魅力的な環境下にある国家であり、そこで生活することに感謝しなければいけないというのが1番で、米国を安全で魅力的な状態に導いたのが海外での無理な軍事力の使用を抑制しているオバマであり、そのオバマに感謝しなければいけないというのが2番である。
スティーヴン・ウォルト教授の主張の背景には「スーパーパワー米国は、世界で自重して振る舞うべきである」という視点が常にある。ウォルト教授は、ジョージ・W・ブッシュ元大統領とその取り巻きであるネオコンが、米国を「世界秩序の擁護者」ではなく「世界秩序の破壊者」としてしまったことを厳しく批判する。
オバマの米国は少なくとも「世界秩序の破壊者」ではない。オバマ大統領もウォルト教授も、米国が間違ったグローバル・リーダーシップを振りかざすことを批判する。ブッシュやネオコンが目指した卓越した軍事力を背景としたグローバル覇権の追求を否定する。
オバマ大統領はしばしば弱い指導者と批判されるが、米国、特に軍事力ができることとできないことを理解し、米国の一国行動主義を避け、努めて紛争の当事者や関係国と協力しながら紛争を解決しようとしている。
このオバマ大統領の姿勢をウォルト教授は評価するのである。
彼の主張は、2016米国大統領選挙候補者たちへの厳しい批判でもある。共和党のタカ派の候補者や民主党のリベラリスト(自由主義者)が、ブッシュ政権時代に間違いを犯したネオコンと同じような間違った主張を展開していることへの批判であり、次の大統領に対する忠告でもある。
私は、ウォルト教授の主張は極めて現実的で論理的であると思うし、彼の主張に従う限り少なくとも米国が「世界秩序の破壊者」にはならないと思う。
本稿においては世界の諸問題に対するウォルト教授のネオリアリズムを切り口とした見解を紹介したいと思う。以下の論考はスティーヴン・ウォルト教授の文章、特にFP(Foreign Policy)に掲載された数多くの論考、ユーチューブで視聴できる彼の講演を参考にしている。
また、リアリズムや彼の思想を理解するうえで、このテーマに長年取り組んできた奥山真司の業績(リアリスト派の著書の訳書、彼のホームページの「Council on Realist Foreign Policy for Japanリアリスト評議会」など)も参考にさせてもらった。
*1=Stephen M. Walt、ハーバード大学教授、ネオリアリズムの代表的な国際政治学者で著書にTaming American Power、The Origins of Alliancesなど多数
*2=Stephen M. Walt、“The Top Ten Things Americans Should (Still) Be Grateful for in 2015”、Foreign Policy、November 25,2015