何か新しいことを始めようとすると、人には突飛に見える局面があったりするものです。作曲家リヒャルト・ヴァーグナーの仕事も、そんな典型の1つで、単に音楽を作ったり演奏したりするのにとどまらず、いろいろな楽器も作ったし、ついには自分の作品演奏専用の劇場まで建ててしまいました。

Fig.1 ヴァーグナーの創意を生かした、バイロイト祝祭劇場と筆者との新演出創成を目指しての基礎研究プロジェクト・演奏収録模様。「神々の黄昏」第三幕(ブリュンヒルデ:ハイケ・レーラー)

 この、ヴァーグナーが「自分の作品上演専用」(ということにひとまずなっています)に建てた「バイロイト祝祭劇場」と協力して、現在進めているプロジェクトについてお話ししましょう。

 10月第2週、3週は現地で演奏のため時間が取れず、今回の原稿をお待たせしてしまいました。仕事がようやく峠を越え、スタッフを送りにミュンヘンに出てきたタイミングで、先週の分を含め続けて数回、今現在進めている仕事をご紹介したいと思います(Fig.1)。

 これらの成果は11月16日、30日、12月1日に東京で上演する楽劇「トリスタンとイゾルデ」を通じて、また並行して開かれる慶応義塾大学三田北館ホールでのシンポジウムでも演奏を含めご紹介しますので、ご興味の方にはどうぞお運び頂ければ幸いです。

独自の工夫が凝らされた劇場

Fig.2 バイロイト祝祭劇場のオーケストラピットを覆うカバー。客席から楽劇の筋立てと無関係な演奏の模様は見えない、この特異な「見えないオーケストラピット」は「神秘の奈落Mistischer Abgrund」と呼ばれている。

 バイロイト祝祭劇場は主としてヴァーグナーが自分のオペラを演奏するために、1870年代にバイエルン国王ルートヴィヒII世をスポンサーとしてドイツ南東部の小都市バイロイトに建設させたものです。

 先ほどから「主として」とか「ひとまず専用」とか、やや奥歯にものの挟まった言い方をしているのは、実際には、生前のヴァーグナーが指揮者として、ほとんど演奏されずに捨て置かれていたものを復活させたベートーヴェンの第九交響曲、あるいはヴァーグナーの親友で、後に彼の妻となるコジマ・ヴァーグナーの父親、フランツ・リストの作品、ヴァーグナー夫妻の息子であるジークフリート・ヴァーグナーのオペラなど、いくつか例外的な作品も上演されているからです。

 いま、話を簡単にするためヴァーグナーの「オペラ」と記しましたが、ヴァーグナー自身は自分の舞台作品をオペラとは呼ばず「総合舞台芸術」あるいはミュージックドラマ「楽劇」Musikdramaと呼んで、とりわけその後半生に独自の創作活動を展開しました。

 バイロイト祝祭劇場は様々な意味で変わった特徴を持っています。しかしそれらは、単に変わったというのにとどまらず、非常に幅広い妥当性を持つものとして注意深く考えられ、生涯を通じて改良が労作された、優れた内容を持つものです。

 例えば、客席から見たとき、オーケストラピットの中が見えないような「カバー」がかかっています(Fig.2)。