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「ブラジル」と聞くと、多くの読者はコーヒー、サッカー、サンバといったキーワードを真っ先に思い浮かべるのではないだろうか。ところが、現在のブラジルはそうした既存のイメージを覆し、グローバルサウスを率いる国家へと急成長を遂げつつある。とりわけ金融面では、独自に構築した電子決済システムで世界市場を狙い、日本以上にIT化が進んでいる。本連載では『ブラジルが世界を動かす 南米の経済大国はいま』(宮本英威著/平凡社新書)から、内容の一部を抜粋・再編集。フィンテック領域の躍進や日本企業との関係を中心に、国際社会において存在感を増している南米の大国の「いま」を探る。

 第3回では、周辺国でもひそかに使われ始めたブラジルの電子決済「PIX」の動向や、ブラジル発祥の新興ネット銀行「ヌーバンク」が塗り替える南米の金融市場を見ていく。

ひそかに外国で普及

ブラジルが世界を動かす』(平凡社)

 実はPIXは外国にも飛び出している。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスでPIXという言葉を初めて聞いたのは2023年10月のことだった。多くの観光客が訪れる繁華街フロリダ通りを歩いていた時のことだ。

 アルゼンチンでは当時、インフレが深刻だった。基軸通貨であるアメリカドルと自国通貨ペソを交換するためのレートは複数存在していた。左派の正義党(ペロン党)アルベルト・フェルナンデス政権が自国通貨が過度に下落しないようにコントロールに力を入れていたためだった。正式な両替所では1ドル=350ペソだが、フロリダ通りにある両替商とやり取りすれば1100ペソで交換してもらうことが可能だった。

 アルゼンチン国民は自分の国の通貨ペソを信用しておらず、可能ならばドルやユーロ、あるいはブラジルレアルといった他国の通貨に両替するのが、資産価値の下落を防ぐための自己防衛手段だった。

 そこで、非公式の両替商は闇レートでの交換に応じて、アルゼンチンの自営業者や市民の需要を満たしていた。観光客にとっては自分が持っている米ドルをフロリダ通りに持って行けば、より良いレートでペソを手に入れることが可能だ。

 その結果、フロリダ通りには「カンビオ(両替)、カンビオ」という両替商の掛け声が常に響いている。こうした両替商は「アルボリトス」という愛称で呼ばれる。スペイン語で「小さな木」を意味する言葉だ。同じ場所に長時間立ち、両手には葉っぱのようなドルをかかえていることから名づけられた。