この両替人の口から、PIXという言葉が聞こえてきたのだ。私は女性の両替人に話しかけて事情を聞いた。もちろん主たる対象はブラジル人観光客だ。両替を希望するブラジル人は、両替商が指定するPIXキーにレアルを送金する。両替商は交換で、ペソの現金を手渡す仕組みだ。いつからPIXに対応するようになったのかと尋ねると「この半年ぐらいかな」と答えてくれた。
さらに会話を重ねていると、近くにある旅行会社を紹介してくれた。その事務所では机の上に「あなたのツアー料金をPIXで」と書かれた小さな看板があり、そこにはQRコードが印刷されていた。ブラジル人にとっては両替することなく、自国の通貨であるレアルで支払いを済ませることができる。
アルゼンチンの旅行会社にとっても、通貨価値が下がりやすいペソではなく、レアルで受け取る利点は大きい。すぐ近くのワイン販売店でも、ブラジルの旗と共に「PIX」と大きく書かれた黒板を見かけた。
実はその前にはチリでも同様の体験をしている。23年6月に北部アタカマ砂漠を訪れた時のことだ。サンペドロデアタカマの小さな繁華街にあった旅行会社の入り口に「PIX受け入れます」と書かれた紙が貼られていた。オーナーのひとりがブラジル人だということだった。
国外の旅行先で、普段自分が使っているアプリで支払いを済ますことができるのは便利だ。現状では、アルゼンチンで米ドルの紙幣が使われているのと同様で、規制当局が「違反」という判断をくだしておらず「黙認」ということなのだと思う。ブラジル側にとっては外国でも自国製の決済が用いられることは利点が多いため、妨げる理由はないのだろう。かといって、積極的に利用を促すことはしていない状況なのだと考える。
辺境の国ではこれまで、ドルやユーロ、人民元の現金が交換手段として重宝されてきた。例えば、反米の国として知られるキューバやベネズエラ、ボリビアでも最も現地で喜ばれるのはアメリカドルだ。南米の主要な観光地でブラジルの決済手段の浸透が始まっているのは、非常に興味深い動きだ。
今後この流行は一段と強まっていくと予想している。その時にブラジルと南米各国の当局がどのような対応に乗り出すかに注目している。ブラジルの当局者は公言しないが、ひそかに浸透を黙認していると私は考えている。