スズキ株式会社 常務役員 次世代モビリティサービス本部 本部長の熊瀧潤也氏(右)と事業企画課長の松本祥弘氏(左)(撮影:本永創太)

 コネクテッドサービス「スズキコネクト」をはじめ、スズキのコネクテッドカー事業を手掛ける次世代モビリティサービス本部。同部のメンバーは今、農業や福祉、地域イベントといったさまざまな“現場”に赴き、働く人たちの困りごとや住民の課題をすくい上げている。どのような目的があるのか。次世代モビリティサービス本部 本部長の熊瀧潤也氏と松本祥弘氏に聞いた。(後編/全2回)

「三現主義」を集約した、鈴木修氏の言葉

 ある時は農家の茶摘みに参加し、ある時は福祉施設の業務を手伝う。またある時は、軽トラックを使った朝市「軽トラ市」をサポートし、地域住民と交流する──。

 スズキの次世代モビリティサービス本部では今、部のメンバーが農業や福祉、地域コミュニティーに出向き、各領域の働き手と作業をしながら現場業務の理解を深めている。その狙いについて、熊瀧氏はこう語る。

「コネクテッドカーは、私たちが車とつながることで新しいサービスや価値を生み出すものですが、現在は車に限らず、お客さまと直接つながって課題や困りごと、“ペイン”を捉えた上で新しいサービスや商売を作ろうとしています。ですから、まずはお客さまのペインを知るために、さまざまな現場に出ています」

 農業・福祉・地域は、どれもスズキと関係の深い領域だ。農業はスズキの主力である軽トラックユーザーが多く、福祉は同社が長年力を入れてきた電動車いすやシニアカー(ハンドル付き電動車いす:スズキの商品名は「セニアカー」)が使われてきた。地域については、静岡県浜松市に本社を構えるスズキにとって、地域住民やコミュニティーが重要な要素である。

提供:スズキ
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 こうした領域において、車を超えて顧客とつながり、現場の困りごとや悩みを知り尽くした上で商品開発に生かしていく。次世代モビリティサービス本部のミッションには「新規事業開発」があり、そのための活動だという。

 現場を知るといっても、一日二日の話ではない。農業なら年単位で定期的に通い続け、仕事や生活を体感してきた。「農家の方の大変さは、身をもって長期的にその作業を体験しなければ分かりません」。新規事業開発の担当者で、実際に現場へと赴いてきた松本氏はそう説明する。

「現場の方と一緒に仕事をし、関係が作られてくると、次第に本音で困りごとをお話ししてもらえます。ですから単純に現場に入るだけでなく、皆さんとのコミュニケーションを大切にしています。名前で呼んでいただいたり、一緒にご飯を食べたりすることが、現場の方の奥底にある困りごとを知る上で重要なステップだと考えています」(松本氏)

 現場を知り尽くして商品を作るのは、スズキの根幹精神だ。同社には「現場・現物・現実」という行動理念がある。机上の空論ではなく、実際に現場へ行って現物を見て、現実的に判断するという姿勢だ。

「何かしらの課題解決を目的にした製品を作るにも、本当にその課題が現場に存在しているのか、誰がどう困っているのかを実際に体験した上で語らなければ、社内で通りません。逆に現場を体験していれば、圧倒的な熱量で課題を伝えられます」(熊瀧氏)

 こうした文化が受け継がれてきた背景として、長く同社の会長・社長を務めた鈴木修氏の存在が大きいという。熊瀧氏はこんなエピソードを語る。

「かつて新車のモデルをインドに投入する企画が持ち上がった時、私は競合となる他メーカーの車について会議で説明しました。すると、鈴木会長から『君はその車に乗ったのか』と言われ、乗っていないことを伝えたら『すぐに行きなさい』と。翌日にはインドで試乗しました。これはスズキでは珍しくない話で、乗ってもいない車の話はできないという考え方なのです」

 そもそも、顧客や現場を知り尽くして商品を作るのは「スズキ創業の原点」だと、二人は口をそろえる。創業者の鈴木道雄は、織物仕事で苦労している母のために織機を作った。間近で働く姿を見て、苦労を知り尽くした上でそれを助ける製品を生み出した。スズキの始まりであるこの歴史は、今でも大切にされており、社是にも「お客様の立場になって価値ある製品を作ろう」とある。