「腹落ち」こそが人を動かす

入山 世界の経営学で重視されている考え方の1つに、「センスメイキング理論」(sensemaking)というものがあります。ミシガン大学のカール・ワイクという組織心理学者が提示したもので、一言で言うと「腹落ち」の理論なんです。

 より厳密に言えば、「組織のメンバーや周囲のステークホルダーが、事象の意味について腹落ちして、それを集約させるプロセスをとらえる理論」のことです。

池上 腹落ち、つまり深く納得するということですか?

入山 はい。人はセンスメイキング(腹落ち)をするからこそ行動するし、それが人を動かす原動力になるんだと。このセンスメイキングこそが、現在の日本の大手・中堅企業に最も必要なのに、最も欠けているものだと思っています。日本でこういうことができるビジネスリーダーの代表格は、孫正義さんですね。

 未来へのストーリーを語ることで、ヤフー・ジャパンの立ち上げ、ソフトバンク上場、Yahoo!BBの普及やボーダフォン日本法人の買収など、客観的に見たら不可能の連続だったことを成し遂げてきました。

 これは私の理解ですが、変化が激しくて先の見えない時代には、厳密な正確性よりも、「きっとこれが正しい」と信じ込ませて人を引っ張っていくことが重要になると思うんです。たとえば、ある組織のリーダーが、「10年後、20年後にはこんな組織にしたいよね。こんな社会をつくりたいよね」というビジョンを示して、メンバーたちに腹落ちをさせることができれば、その組織はドライブ(前進)する。

イスラム国の指導者が「カリフ」を名乗った理由

池上 組織の人間に腹落ちをさせて1つの方向に引っ張っていくと聞くと、さっそく宗教の話をしたくなりますね。

入山 いや、実際のところ宗教に通じる話だと思います。

池上 イスラム国(IS)の指導者だったアブー・バクル・アル=バグダディが、「自分が新たなカリフである」と宣言したことがあったんですよ。「カリフ」とはムハンマドの後継者の称号です。

 カリフ制度は、ムハンマドが亡くなった後に誕生し、オスマン帝国崩壊後の1924年に廃止されていましたが、バグダディはそれを90年ぶりに勝手に復活させた。「カリフ」を名乗ったということは、世界のイスラム教徒に対して忠誠を求めるということ。つまり、イスラム世界統一の野望を明らかにしたわけです。