世界で生成AIの利活用が進む一方、大きく後れを取る日本のデジタル競争力。NECフェローの今岡仁氏は、その原因の1つとして「エシックス(倫理)」の不在を挙げる。前編に引き続き、2024年2月に著書『デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ──対話が導く本気のデジタル社会の実現』(ダイヤモンド社)を出版した今岡氏に、エシックスの効力と活用のヒントを聞いた。(後編/全2回)
■【前編】人を陰で誘導しようとしていないか? NECフェロー今岡氏が語る「自問自答する企業」がデジタル競争力を高められる理由
■【後編】伊藤園×NECの「感情を分析するAI自販機」、実証実験で分かったユーザーの「意外な心情」(今回)
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デジタル先進国デンマークの企業に学ぶ「エシックスの思考法」
──前編では、現代のデジタル活用においてエシックス(倫理)が求められる背景や、エシックスについて議論を深めるための方法について聞きました。著書『デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ』では、デジタル先進国と呼ばれるデンマーク企業がエシックスを活用する事例を紹介していますが、具体的にどのようなケースがあるのでしょうか。
今岡仁氏(以下敬称略) 例えば、デンマーク最大級のIT企業であるKMDでは、危険な製品を販売しているオンラインショップを探し出すAIソリューションを開発しました。安全性が不十分な製品の販売を防ぐために、「毒性のある化粧品」や「子どもが誤飲する恐れのある小さなおもちゃ」といった高リスクな製品を早期に発見するのです。
こうしたソリューションを世に出そうとすると、AIが安全な製品に対して誤った判断をした場合に「誰が責任を取るのか」という問いが付きまといます。日本の場合、多くの人が「責任を取りたくない」と考える傾向にあり、100%に近い精度が担保できない限り、議論が停滞し、製品の市場投入は先送りになることが想定されます。
しかし、デンマークではそのような場合、「判定が誤っていた場合にはどうするか」「導入しないことによって、どんなリスクが発生するのか」「導入しないメリットと比較した場合、どう判断すべきか」など、さまざまな視点から議論が行われるのです。その結果として、「今の状態では導入できないので、製品をカスタマイズしよう」という具合に、第三の道を見つけることも少なくありません。
日本における議論では「0か100か」という極端にどちらかを選択するディスカッションになることが多いため、思考停止に陥りやすく、そもそも議論が深まらない点にこそ、真の問題があると考えています。
そこに拍車をかけるのが「AIの特性」です。デジタルは「0か1か」で判定を出すため、結果は明快です。しかし、AIが導き出す結果は曖昧であり、その曖昧さに対処するコンセンサスができていません。そのため、「何が良くて、何が悪いのか」という点が分かりにくく、議論にまで発展しないのです。
だからこそ、まずはデンマーク企業の事例から学び、「デジタルエシックスコンパス」を活用することが有効だと考えています。(前編:「人を陰で誘導しようとしていないか? NECフェロー今岡氏が語る「自問自答する企業」がデジタル競争力を高められる理由」を参照)
日本のデジタル競争力は低下傾向にありますが、デジタルエシックスコンパスの視点を採り入れることで、議論の中で共通のコンセンサスを形成し、AIの活用が進めば、もう一度勢いを取り戻すことができるはずです。