写真提供:World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ

 大企業の経営幹部たちが学び始め、ビジネスパーソンの間で注目が高まるリベラルアーツ(教養)。グローバル化やデジタル化が進み、変化のスピードと複雑性が増す世界で起こるさまざまな事柄に対処するために、歴史や哲学なども踏まえた本質的な判断がリーダーに必要とされている。

 本連載では、『世界のエリートが学んでいる教養書 必読100冊を1冊にまとめてみた』(KADOKAWA)の著書があるマーケティング戦略コンサルタント、ビジネス書作家の永井孝尚氏が、西洋哲学からエンジニアリングまで幅広い分野の教養について、日々のビジネスと関連付けて解説する。

 第5回目は東洋思想の源流である老子思想を取り上げる。

連載
永井孝尚のビジネスに効く教養

ビジネスパーソンの間で注目が高まるリベラルアーツ(教養)。変化のスピードと複雑性が増す世界で起こるさまざまな事柄に対処するために、リーダーには歴史や哲学なども踏まえた本質的な判断が必要とされる。本連載では、マーケティング戦略コンサルタント、ビジネス書作家の永井孝尚氏が、幅広い分野の教養を日々のビジネスと関連付けて解説します。

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自然体重視の「老子思想」

『老子』(蜂屋邦夫訳注、岩波文庫)

 私の座右の銘は「自然体」だ。「ムリせずにあるがまま、自分に忠実に自然に生きていきたい」と考えている。私がこう考えるようになったのは、20代の頃に『老子』を読んで感銘を受けたことが大きく影響している。

『老子』は、中国漢民族の民俗宗教「道教」の始祖・老子が書いた本だ。正式名は『老子道徳経』または『道徳経』という。儒教、仏教、道教は「中国三大宗教」と呼ばれている。日本人は儒教や仏教は馴染みが深いが、道教については知らない人も多いかもしれない。しかし後述するように、道教(老子思想)は東洋思想に大きな影響を与えており、この老子思想が、実に面白いのだ。

『老子』の内容に入る前に、まずその背景を説明しよう。

 2000~2500年前に生まれた中国思想は、いくつかある。その中でも大きなものが儒教と道教だ。儒教は孔子の教えが書かれた『論語』に、道教は老子の教えが書かれた『老子』に、それぞれ源流の思想がまとめられている。この論語(儒教)と老子(道教)は、真逆の思想である。

『論語』は、「学び続けて礼節を身につけ、完璧なリーダーを目指せ」というエリート思想。しかし老子は真逆で、「ムリせず頑張らず、そのままでいい。自然体が一番」。

 2500年前の中国では鉄器が普及し、農業が盛んになって商業が発展して、競争社会になった。厳しい格差社会で閉塞感を抱える人たちに、老子は「ムリしないでいいよ」と処世術を伝える一方、支配者層には「不透明な時代にいかに国を治めるか」を伝えたのである。

 老子という人物の存在については諸説ある。2100年前に中国の歴史家・司馬遷が書いた『史記』には、老子と思われる人物が3人挙げられている。その中で一番有力なのが、老耼(ろうたん)だ。

 孔子と同じ時代、周という国で図書館の役人を務めていた老耼は旅に出た。関所に着くと関所の長官から「先生が隠棲される前にぜひ教えを書いていただけませんか」と請われ、上下二編5000文字余りの書を著して去った。これが『老子』だ、と言われている。

『老子』には数多くの邦訳本がある。ここでは中国思想史の研究者であり老荘思想・道教が専門の蜂屋邦夫東京大学名誉教授が翻訳した『老子』(岩波文庫)から、本書のポイントを紹介していこう。