エネルギーや原材料をはじめとした物価高騰を受け、企業間取引のプライシング(価格設定)に注目が集まっている。どうすれば自社の商品やサービスを「買い叩かれない」で、「きちんと利益を出す」ことができるのか。本連載では、日本企業が陥りがちなケースを分析しつつ、12業界にわたる成功事例や値上げ交渉の秘訣など、B2Bプライシングのノウハウを専門家が一挙公開した『プライシング 戦略×交渉術――実践・B2Bの値決め手法』(下寛和著/日経BP)から内容の一部を抜粋・再編集。

 第5回では、分娩代100万円を超える産婦人科と提携し、生まれたばかりの赤ちゃんに肌着などをプレゼントする高級子供服ブランド・ミキハウスの取り組みを紹介。ファンづくりを通したブランドの浸透や、優秀な人材確保を図る同社の経営戦略を解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 B2Bで利益アップに役立つ、八百屋やバザール商人の「商いの知恵」とは?
第2回 なぜ、コスト競争力があるのにコンペで勝てないのか?
第3回 なぜ「モノ売り」から脱却できないのか? メーカー各社が学ぶべきLTVとは
第4回 デンソーやアイシンが参画、自動車メーカーの「大部屋」で何が行われているか
■第5回 ミキハウスはなぜ、分娩代100万円超の富裕層向け産院と提携したのか?(本稿)

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■幸せの連鎖

 大阪府八尾市に本社を置くミキハウス。子を持つ親の多くが憧れる高級子供服のブランドだ。ミキハウスはマーケットの中から勝てる領域を見つけ、付加価値の高い商品、それに見合った値付け、を徹底することで成功した会社として有名である。決してぶれないマーケティング、プライシングの哲学が読者の皆さんの参考になると考えたため、本節で紹介したい。

 ミキハウスを1971年の創業からわずか一代で築かれたのが木村皓一社長である。そんな木村社長が大切にされている価値観が「いいものは高く」というものだ。前述の通り、私たち日本人は知らず知らずのうちに「いいものを安く」と考えがちである。しかしそれでは企業が儲からず、いい人材を獲得できず、高い技術力も継承できない。また、価格勝負では大手に軍配が上がりやすい。

 そのために、まずはしっかりと自分たちが勝てる1丁目1番地の領域を見定める。ミキハウスの場合はよちよち歩きの幼児をターゲットにしたトータルコーディネートに目をつけた。そこに上質で愛らしいデザインの子供服を、その価値に見合った高い値段で打ち出したのだ。ターゲット顧客は富裕層。そのため、百貨店に出店したり、分娩代が100万円を超える産婦人科とも提携した。

 産婦人科では出産・退院のお祝いとして、ミキハウスの肌着・プレシューズ・おくるみなど、思い出に残る品をギフトで贈る取り組みを行った。生まれたばかりの赤ちゃんが退院ではじめて病院の外に出るときにミキハウスの肌着を身につけてもらう。親が家に帰ってから他の肌着を着せてみると、肌触りが全くちがうことに驚く。そうすることでファンが生まれ、高くても手に取ってもらえるのだ。贈る方も受け取る方も必ず笑顔になる、幸せが連鎖するものは必ず成功する、というのが木村社長の信念である。

 ご理解いただけた通り、ミキハウスは、マーケティングのSTP、すなわちS:セグメンテーション(高級子供服)、T:ターゲティング(富裕層)、P:ポジショニング(高品質・高価格)がしっかりとしている。マーケティングの4P、プロダクト(上質な商品)、プライス(高価格)、プレイス(百貨店)、プロモーション(購入産婦人科とのタイアップ)もきちんと整合性がとれている。それによって、お客様にも社員にも説明しなくてもミキハウスというブランドがどういうものかが浸透している。
 

 中からも外からもブランドの認識がイコールになるとはじめてブランドという無形資産に価値が宿り、商品の機能的な価値に上乗せして、情緒的な価値が価格に転嫁できるのである。STPの定義、4Pの整合性、これは決してB2Cに限った話ではない。B2Bの製品・サービスでも大いに参考になるだろう。