エネルギーや原材料をはじめとした物価高騰を受け、企業間取引のプライシング(価格設定)に注目が集まっている。どうすれば自社の商品やサービスを「買い叩かれない」で、「きちんと利益を出す」ことができるのか。本連載では、日本企業が陥りがちなケースを分析しつつ、12業界にわたる成功事例や値上げ交渉の秘訣など、B2Bプライシングのノウハウを専門家が一挙公開した『プライシング 戦略×交渉術――実践・B2Bの値決め手法』(下寛和著/日経BP)から内容の一部を抜粋・再編集。
第4回では、B2B市場でも規模の大きい自動車部品業界から成功事例を紹介。各社が試行錯誤を重ねるなか、高い営業利益率を確保するデンソーやアイシンの取引やプライシングがどのように行われているのか、詳しく解説する。
<連載ラインアップ>
■第1回 B2Bで利益アップに役立つ、八百屋やバザール商人の「商いの知恵」とは?
■第2回 なぜ、コスト競争力があるのにコンペで勝てないのか?
■第3回 なぜ「モノ売り」から脱却できないのか? メーカー各社が学ぶべきLTVとは
■第4回 デンソーやアイシンが参画、自動車メーカーの「大部屋」で何が行われているか(本稿)
■第5回 ミキハウスはなぜ、分娩代100万円超の富裕層向け産院と提携したのか?
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■大部屋への参画
自動車部品業界はB2B市場の中でもトップクラスに規模が大きい。日本の企業では、トヨタ系のデンソーの売上が約5・5兆円、続くアイシンが約3・9兆円と桁外れだ(いずれも2021年度)。各社試行錯誤を重ねる中で、営業利益率は5%前後を確保している。そんな自動車部品業界の取引や値付けがどのような仕組みで行われているかに迫ってみたい。
まず、一般的な流れとして、自動車メーカーが、次期モデルのデザインや初期仕様、目標原価を決める。目標原価はパワートレイン、ボディ、シャシーといったクルマの部位別に振り分けられ、その先でセンサーやECUなど、個々の部品単位まで細かく計算される。その後、国内外の複数の自動車部品メーカーに対して、見積り依頼の声を掛ける。
ここで見積り依頼書に記載された目標原価にアラインするかどうかは部品メーカーの戦略次第だ。この段階ではクルマの最終仕様が決まっていないため、目標原価も後々変動する。ほとんどのケースでは仕様の設計変更(設変)が入り、設変太りで目標原価も上がっていく。ボッシュやコンチネンタルなどの欧州系の部品メーカーは設変を頼りに安い価格で提案を仕掛けることが多い。また、彼らは製品の汎用化にも長けているため、単価を低く抑えられる。
一方で、デンソーやアイシンといった日系の部品メーカーは、形状をトヨタオリジナルにするなど、自動車メーカー各社の要望に合わせてカスタム設計することに強みがある。その分、単価は上がるが、それによるコンペ負けを回避する策として「大部屋」に参画している。設計・開発部門を味方につけることで、調達部門の価格交渉を退けるというやり方である。「大部屋」は、トヨタでよく使われている言葉であるが、車両の設計・開発体制のことである。チーフエンジニアと呼ばれる車両開発の責任者を筆頭に、設計、開発、調達、生産、販売といった各機能の担当者がプロジェクトルームで一堂に会する。製品の企画からローンチまで、一連の仕事を連携しながら進めていき、部品メーカーなどのサプライヤも随所で参画する。ここで部品の規格そのものを自動車メーカーとすり合わせ、試作品も提供しながら、クルマ全体として狙った性能を出せるよう部品をつくり込んでいくのだ。
上流工程から入り込み、一緒にモノづくりを進めながら自社にしかつくれない仕様に持ち込むことで、コンペや価格勝負になる状況を生み出さないというわけだ。