エネルギーや原材料をはじめとした物価高騰を受け、企業間取引のプライシング(価格設定)に注目が集まっている。どうすれば自社の商品やサービスを「買い叩かれない」で、「きちんと利益を出す」ことができるのか。本連載では、日本企業が陥りがちなケースを分析しつつ、12業界にわたる成功事例や値上げ交渉の秘訣など、B2Bプライシングのノウハウを専門家が一挙公開した『プライシング 戦略×交渉術――実践・B2Bの値決め手法』(下寛和著/日経BP)から内容の一部を抜粋・再編集。
第3回では、目先の売上数字を追いかけ、成約を急ぐだけで、プライシング戦略のない産業機械メーカーや物流サービス、金融サービス業界の営業実態を紹介する。
<連載ラインアップ>
■第1回 B2Bで利益アップに役立つ、八百屋やバザール商人の「商いの知恵」とは?
■第2回 なぜ、コスト競争力があるのにコンペで勝てないのか?
■第3回 なぜ「モノ売り」から脱却できないのか? メーカー各社が学ぶべきLTVとは(本稿)
■第4回 デンソーやアイシンが参画、自動車メーカーの「大部屋」で何が行われているか
■第5回 ミキハウスはなぜ、分娩代100万円超の富裕層向け産院と提携したのか?
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■産業機械メーカーD社
産業機械の本体、つまり、最初の入り口である程度利益が出ている関係で、モノ売りから脱却できていない会社だ。確かに業界全体としては依然としてハードの付加価値が大きい。しかし、競合はこの先のハードの市場縮小を見越してサービスやソリューションなどのコト売りに力を入れている。その部分はD社として売上にも利益にも十分取り込めていない。
顧客に本体を購入してもらえると、その先、サービス、部品といったかたちで取引は継続する。それら顧客のライフサイクル全体で獲得できる利益のことをライフタイムバリュー(LTV)と呼ぶが、営業サイドにその発想はない。ライフサイクルのうち、どこは先行投資で、どこで儲けるか。ビジネスモデルの設計と合わせたプライシングの位置づけを考えられていないのだ。
場合によって、エントリーグレードは初回購入の敷居を下げる役割として市場浸透を優先させ、その後、サービスとソリューションで囲い込み、次に一つ上のグレードの機械を購入してもらう、という絵が描けるかもしれない。顧客との付き合いをもっと長い目線で捉える。顧客のライフサイクルと、販売からサービス、ソリューションといったバリューチェーン全体で強弱をつけたプライシングを行うのも一考に値する。いまは足下のハードの数字を追いかける近視眼的な発想が強い。
■物流サービスE社
パンデミックに端を発した巣ごもり消費と、EC(インターネットショッピング)の日常化によって荷量は増える中、ドライバーの人手不足で運び手がいないのがこの業界の特徴。
E社はB2Bの取り扱い比率が高いが、取引先との交渉に深みがなく、自社を選んでもらうためのストーリーづくりが弱い。こちらの提案内容が相手に刺さっているか、相手がどのような心理状況にあるかを探らず、焦ってすぐに価格の話をしてしまっている。価値を感じてもらうことができれば、価格の上限のバーは外れるが、その辺りの説明はほどほどに、急ぎ成約することを優先して我慢できずに値下げした価格を切り出している。これでは取引先はもう少し粘ればさらに安くなるのでは、と考えるようになり、せっかくいい提案内容だったとしても価格の話に目が行くようになる。
提案にいくつかの段階を設けて、最初の方では価格の話をあえてしないのも手である。究極的には、自社のサービスの価値だけを説明し、いくらだったら契約してもらえるか、相手に価格をつけてもらうという発想も必要だ。それが自社の想定より高ければそのままその金額を採用してもいい。