エネルギーや原材料をはじめとした物価高騰を受け、企業間取引のプライシング(価格設定)に注目が集まっている。どうすれば自社の商品やサービスを「買い叩かれない」で、「きちんと利益を出す」ことができるのか。本連載では、日本企業が陥りがちなケースを分析しつつ、12業界にわたる成功事例や値上げ交渉の秘訣など、B2Bプライシングのノウハウを専門家が一挙公開した『プライシング 戦略×交渉術――実践・B2Bの値決め手法』(下寛和著/日経BP)から内容の一部を抜粋・再編集。
第1回では、八百屋のタイムセールや海外のバザールで行われる「相対取引」を引き合いに、硬直的なB2Bプライシングの非合理な面を指摘。見直しを進めて業績向上を図るための発想転換を呼びかける。
<連載ラインアップ>
■第1回 B2Bで利益アップに役立つ、八百屋やバザール商人の「商いの知恵」とは?(本稿)
■第2回 なぜ、コスト競争力があるのにコンペで勝てないのか?
■第3回 なぜ「モノ売り」から脱却できないのか? メーカー各社が学ぶべきLTVとは
■第4回 デンソーやアイシンが参画、自動車メーカーの「大部屋」で何が行われているか
■第5回 ミキハウスはなぜ、分娩代100万円超の富裕層向け産院と提携したのか?
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はじめに 商いの知恵
私の住んでいる東京のとある街に、行列のできる八百屋がある。新鮮な野菜とフルーツが所狭しと並び、威勢のいい掛け声が通りまで響き渡る。値札には、大特価、超目玉、土曜限定サービスなど、購買意欲を喚起する文字が躍り、タイムセールで値段が頻繁に書き換えられる。入店待ちで外に並ぶ買い物客の姿も通行人の目を引く。週末に客足が途絶えることはない。電車やバスに乗って遠方から足を運ぶ常連も少なくないという。
以前、自動車メーカーに勤めていた際、職場の上司と「八百屋の経営」について語ったことを思い出した。八百屋はどの街にもある身近な存在であるが、ほとんどのビジネスパーソンには経営できない、という結論で意見が一致したのだ。いまは何が旬で、どこの産地のものが美味しくて、いくつ仕入れて、いくらで売るか。原価や店舗の立地も考え、近くのスーパーに負けないよう集客の仕方も工夫しなければならない。完成された箱の中で定型業務をしているメーカーの社員と、明日の存続が保証されない世界で経営の手綱を握る八百屋の経営者。モノを売り、利益を稼ぐための「商いの知恵」に差があることは明確だった。
「商いの知恵」といえば、バザールの商人も忘れてはならない。トルコのイスタンブール、モロッコのマラケシュ、カンボジアのプノンペン。世界にはいくつも有名なバザールがある。そういった場所を訪れたことのある方ならおわかりいただけるであろうが、商品には値札がついていない。彼らは私たちの風貌から懐具合を値踏みし、一人ひとりに対してちがう言い値を提示する。そこから交渉をスタートさせ、こちらの反応を見ながら、言葉巧みに狙った落としどころに誘導するのだ。