「いまの中国・韓国・台湾の製造業を育てた功労者は、日本企業を早期退職してそれらの国の企業に行った中高年の人材です。その間、日本は依然として新卒社員の育成に力を入れていた。日本の製造業を復活させるのは“おじさん世代”なのです」。そう語るのは、シャープ社長や日本電産副社長を歴任してきた片山幹雄氏だ。日本の製造業は元気がないと言われて久しいが、原因として、片山氏は自身の経験から「日本企業の陥った6つの罠」を挙げる。冒頭の人材に関するコメントもこの文脈で出てきた言葉だ。そして新しいイノベーションの波に備えて、今後の日本企業は6つの罠に対して冷静にポジショニングを定めることが重要だと伝える。

本稿は「Japan Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2023年5月17日)※内容は掲載当時のものです。

日本の総合電機メーカーが苦しんだ「スマイルカーブ」

――日本の製造業の現状についてどう見ていますか。

片山幹雄氏(以下敬称略) 失われた30年を経て、日本の製造業は特に元気がないと言われています。なぜそうなったのか。私はシャープや日本電産での経験からそれには「日本企業の陥った6つの罠」があり、その対策を取ることが重要だと考えています。

――具体的に教えてください。

片山 幹雄/株式会社Kconcept 代表取締役社長 兼 東京大学生産技術研究所 研究顧問 (元シャープ社長、元日本電産 副社長、副会長)

1957年生まれ、岡山県出身。1981年東京大学卒業後、同年シャープ株式会社入社。2005年同社常務取締役液晶事業本部長、2006年同社代表取締役専務取締役AVシステム本部長兼液晶事業統括、2007年同社代表取締役社長就任、2012年同社取締役会長、2014年同社退社。同年日本電産株式会社入社、副会長最高技術責任者に就任、2021年同社特別顧問、2022年同社退社。
-----
座右の銘・好きな言葉:「誠意と創意」
お薦めの書籍:『スティーブ・ジョブズ』(ウォルター・アイザックソン著)

片山 1つ目は「スケールのジレンマの罠」です。日本では売上高が1兆円規模 の企業が多数誕生しました。しかし、そのスケールのまま繁栄を続けている企業は少ないのが実情です。なぜなら、企業は大きくなると環境変化への強さや人材確保、資金力などの面でメリットが生まれる反面、動きが遅く縦割りで、ヒト・モノ・カネの流動性に欠けるといったデメリットも生じます。1兆円規模の会社をマネジメントできる人材も少ない。

 さらに日本の製造業を牽引した企業の多くが総合電機メーカーであり、事業リソースが分散した。競合も乱立する中で一極集中できず、中途半端になってしまったのです。

 ソニーが成功した理由の1つは、極端な出島戦略を取ったからです。「プレイステーション」も保険事業も、別会社で事業を展開した。本体と切り離すことでリソースの分散を防ぎ、失敗しても本体への影響を小さくしたのが要因と言えます。

 2つ目は「バリューチェーンの罠」です。日本のエレクトロニクス産業を見ると、先ほど話した総合電機メーカーなどのブランド企業が厳しい状況にあります。なぜなのか。参考になるのが製造業における「スマイルカーブ」です。

 これは設備や素材の開発といった“川上”から、サービス提供といった“川下”まで製造業のバリューチェーンを並べて、各部門の収益率(または付加価値)を示したもの。収益率は川上と川下が高く、中間の製造部門がもっとも低くなっており、その曲線が人の笑顔の口元に似ることからスマイルカーブと呼ばれます。

 日本のブランド企業の多くはカーブの底、中間の部門に当たります。一方、川上の設備や素材の開発、川下のサービス提供部門を見ると、日本企業でも世界を相手に成功している企業、利益を出している企業もあります。

――なぜブランド企業はカーブの底に位置するのでしょうか。

片山 ブランドを作るには莫大な資金が必要です。宣伝広告費は最たるもので、例としてW杯の広告費は50〜100億円と言われています。その中で、特に日本の総合電機メーカーは先ほど述べたリソース分散により、ブランド投資に十分な資金を回し切れなかったと言えます。