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 世界の投資家たちの間で、気候変動対策が企業価値を左右する重要な経営課題であるとの認識が広がっている。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が情報開示のためのガイドラインを公表したのを受け、すでに日本でも多くの企業がこれに基づいた開示を始めている。しかしながら気候戦略を経営戦略と連動させ、具体的な行動に移している企業はいまだ少ないのが現状だ。

 気候変動対策において企業が直面している課題と、日本企業が今後取り組むべき方向性について、EY(アーンスト・アンド・ヤング)が発表した気候変動リスクに関する調査レポートを踏まえて、EYジャパンの牛島慶一氏が解説する。

気候変動の関連情報開示の課題は、経営戦略との連動

 近年、気候変動に対応した企業の取り組みが活発化している。大きな契機となったのは2015年、主要国金融当局の主導で設立されたTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が企業に対し、気候変動がもたらすリスクと機会に関する情報開示を推奨したことだ。

 各国の政府・証券市場・企業などはTCFDの方針に賛同しており、世界的な潮流になっている。日本でも、東京証券取引所が、2021年改訂のコーポレートガバナンス・コードで、プライム市場上場企業に対し、情報開示の質と量の充実を求めている。
 
 EY(アーンスト・アンド・ヤング)は、ここ最近の情報開示の潮流を踏まえ、2018年からは気候変動リスクに関する調査レポート「EYグローバル気候変動リスクバロメーター」を集計・発表している。51の国・地域を対象とするグローバル調査であり、対象企業は各セクター(業種)の時価総額上位の約1500社(23年度版では1536社)である。

 この調査では、企業の公開情報(年次報告書、統合報告書、サステナビリティレポートなど)を基に、TCFDが推奨する情報開示のうち何項目を開示しているかというカバー率を集計しているのに加え、各開示情報の精度についても独自にスコア化して集計・公表している。いわば「量」と「質」の両面で、企業の情報開示状況を捉えている点が特徴である。

 このほど発表された同調査の2023年度版によると、情報開示の「量=カバー率」は順調に伸びている。前回調査である2022年の84%から、2023年は90%へと向上した。しかし一方で、気候関連の開示情報の「質=充実度」は50%と依然として低い。
 
 情報開示の質が高まらない企業側の要因として、牛島慶一氏は「気候変動のリスクと機会の分析が、経営戦略・経営計画に十分反映されていないこと」を挙げる。多くの企業がTCFDの枠組みに沿って気候変動のリスクと機会を分析・開示しているが、具体的なアクションを経営戦略や経営計画に反映している企業は、まだ少ないということだ。なぜ反映できないのだろうか。牛島氏は次のように解説する。

「リーダーシップの欠如などが原因だとする指摘も一理ありますが、私は違う観点で捉えています。経営者たちと話していて感じるのは、『投資家からの強い要請に応えて気候変動に関連した投資をしたいという意向はあるが、消費マインドがこの機運に十分追いついてないため、投資回収の見込みが立たず、投資をためらっている』ということです。

 仮に企業が再生エネルギーへの転換を進め、脱炭素化に資する製品・サービスを生み出しても、この分野のマーケットが十分成熟していないので、消費者側の購買意向にはつながらず、相変わらず価格の安いものが選ばれてしまうわけです」

 つまり気候変動に関する企業の情報開示の質を高めていくには、気候変動の対応を求める投資家側の潮流と、消費マインドやマーケットを同期させていく必要があるということだ。この課題は、企業努力だけで解決するのは難しい。

「消費マインドの変容やマーケット育成のために、例えば脱炭素に配慮した製品・サービスの方が、そうでない製品・サービスより相対的に安く買える施策を取り入れるなど、各国政府の政策的な強いコミットメントも必要になるでしょう。気候変動対応において、今後重要なテーマになると考えています」(牛島氏)