大阪ガス 常務執行役員の近本茂氏(撮影:栗山主税)

 ガス、電気という社会インフラを担う企業でありながら、数多くの新規事業に挑戦する大阪ガス。同社の新規事業開発の舞台裏を取材してきた本特集だが、第3回となる本記事では常務執行役員の近本茂氏に話を聞いた。同社が現在取り組む主な新事業が誕生した経緯を聞くとともに、そこに宿る企業理念「進取の気性」の本質に迫る。

未来の価値を創るための新事業開発

 大阪ガスが、本業であるガス、電気のエネルギー事業の周辺、あるいは全く異なる領域で、新しい業態のサービスを相次いでスタートさせている。

 同社グループの「中期経営計画2023」では、中長期の目標として「ミライ価値の共創」を掲げ、自社グループの成長と社会課題の解決を両立することで、持続可能な社会の実現を目指している。その具体策として、複数の施策を同時並行で進めている。

近本 茂/大阪ガス 常務執行役員1985年入社。エネルギー事業部、資源・海外事業部等を経て2018年に常務執行役員就任。2022年4月、エナジーソリューション事業部長就任後には、ガス・電気といったエネルギーとあわせて、固定通信サービス『さすガねっと』や暮らしのデジタルプラットフォーム 『スマイLINK』などの新規事業の拡大、『FitDish』などの事業創発にも注力。

 同社常務執行役員の近本茂氏は、新事業に取り組む背景について次のように語る。

「2016年から電気、2017年からガスが全面自由化されたことで、当社の主力事業の1つであるエネルギー事業には通信事業者など、競合他社が多数参画しました。そのなかで、ただ守りに入るのではなく、お客さまに改めて大阪ガスを選んでいただくためのサービスとは何かを考えてきました」

 その一つとして、自由化と同時に開始したのが、住まいの駆けつけサービス「住ミカタサービス」である。大阪ガスと契約する顧客の家で、暮らしに必要な器具のトラブル対応をするサービスだ。ガス器具はもちろん、水回りやエアコントラブルの一時対応なども基本料金の範囲で対応する。

「エネルギーを販売する事業部門は、ミライの価値といってもなかなか想像ができないと思います。そこで、ただ労務の提供をするだけでなく、住まいの駆けつけサービスのような、お客さまのかゆいところに手が届く、行き届いたサービスを提供してサポートしていくことが、ミライ価値につながると話しています」(近本氏)

ネットプロバイダ、デジタルプラットフォームに進出

 同社ではインターネットサービスにも進出している。インターネットプロバイダ事業の「さすガねっと」と、暮らしのデジタルプラットフォームサービス「スマイLINK」である。いずれも、2022年3月から開始した新しいサービスだ。

「ライフラインを提供している当社から見て、インターネットはすでに家庭の重要なインフラです。当社が生活インフラサービスの手続きや支払いをまとめて担えば、ご家庭で雑事に追われることも多いお客さまにとって便利だろうという考えのもと、サービスを始めています」(近本氏)

 ただ、サービスの開始当初はユーザー獲得に苦戦した。問題は、マーケティングだった。ガス・電気の販売とネットでは全く勝手が異なり、思うように顧客が伸びなかった。

「例えばメール広告を1本送る場合でも、どういうタイミングで打つべきか、ペースがつかめませんでした。テレビCMも同じで、手探り状態が続きました。当社のガス機器などの販売代理店であるサービスチェーンなどと連携して、マーケティングのノウハウを蓄積していきました。その結果、今はようやく軌道に乗ってきたと感じています」(近本氏)

 一方のスマイLINKは、大阪ガスが異業種の会社と連携して、暮らしに関するサービスをスマートフォンやパソコンを介して提供するサービスである。また専用の「スマイLINK TV Stick(スティック)(以降、TV Stick)」をテレビにつなぎ、家庭のインターネットに接続すると、Netflixの動画コンテンツをはじめ、ネットショッピングやメディカルサポートなどさまざまなサービスを、テレビ画面を通じて受けることができる。

「スマートフォンやパソコンに不慣れなご高齢者の家庭では、設定さえすればテレビ画面の操作でサービスが受けられるTV Stickが好評です」(近本氏)

 スマイLINKによる新たな協業も生まれている。奈良県田原本町、ライザップとの3者で包括業務提携を結び、健康増進に関わる実証事業を開始予定だ。ライザップが地方自治体へトレーナーを派遣して実施している健康増進に関するプログラムに、TV Stickの利用でオンラインからも参加できるようにした。高齢者に向けて、自宅にいながら参加できる軽い運動と健康意識の醸成を図る運動を配信する。

田原本町役場で行われた包括連係協定の締結式。左からライザップ 鎌谷取締役、田原本町 森町長(当時)、大阪ガス 近本常務執行役員

「高齢化が進む地域住民の健康増進のため、自治体では健康診断への参加などを呼びかけるさまざまなリアルイベントを実施しています。しかし、そうしたイベントに参加するかたは総じて健康意識が高い一方で、そうでないかたはますます取り残されるという課題がありました。TV Stickを使うことで、自宅のテレビから健康に目を向けてもらおうという試みです。すでに、ライザップがリアルで行っているイベントでは高い効果を確認できており、プログラムの調整を進めています」

 また、関西のある地域では市町村合併によって行政単位が拡大したことで、行政サービスが行き渡らなくなる課題が生まれていた。そこでTV Stickを介して市の広報に関わる情報を配信したり、地域の回覧板的な機能を持たせることなどを検討している。

「TV Stickはカスタマイズが容易なので、アイデア次第でバラエティに富んだ官民のサービスを取り込むことができます。社会課題の解決と、住民のかたの利便性向上に役立てていただくことで利用度が上がり、TV Stickを提供する当社にとっても想定を超えるメリットがあることがわかってきました。今後もさまざまなプレーヤーと協業してWin-Winな関係を築いていきたいと思います」と、近本氏は手応えを感じている。

 スマイLINKに連携している各社サービスの課金を、大阪ガスがまとめて行う仕組みも開発中で、サービスは進化を続けている。

FitDishに賭ける思い

 このように、数々の新事業を走らせる大阪ガスであるが、新機軸の1つである宅食サービスの「FitDish(フィットディッシュ)」は、異色の存在にも見える。既存のガス販売のチャネルを使うわけでもなく、一見すると他の事業とのシナジーも想定しづらい。