未だ大企業が抜け出せない官僚主義。変化の激しい時代にあって、イノベーションの創発によって成長し続ける企業へと進化するには、どんな組織改革が必要なのか? 本連載では、世界で最も影響力のある経営思想家の1人、ロンドンビジネススクール客員教授ゲイリー・ハメル氏による『ヒューマノクラシー ――「人」が中心の組織をつくる』(ゲイリー・ハメル、ミケーレ・ザニーニ著/英治出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。
第5回は、第4回に続きハイアールに注目し、同社を構成する小規模な事業体(ME:マイクロエンタープライズ)の目標設定や社内契約について紹介する。
<連載ラインアップ>
■第1回 「人間らしさ」が失われると、なぜ組織は病んでしまうのか?
■第2回 高収益体質で業界トップを独走、米国鉄鋼大手・ニューコアの企業文化とは?
■第3回 業界平均より25%高い報酬を実現、米ニューコアの独自のボーナス制とは?
■第4回 8万人の「起業家集団」! 中国家電大手・ハイアールの「人単合一」とは?
■第5回 ハイアールの成長と変革の源泉、「リーディング・ターゲット」とは何か?(本稿)
■第6回 ライバルの足をすくったことは? 官僚主義的思考から脱却する12の問いかけ
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■2 漸進的な目標からリーディングターゲットへ
成功したすべてのスタートアップに見られる特徴は、向こう見ずであることだ。スタートアップでは願望にリソースが追いつかず、イノベーションだけでそのギャップを埋める。
これに対して、確立された大企業では、願望はごくわずかしかない。去年より少しよくなって、同業他社のグループに追いついていければ十分だと考える。
ハイアールでは、すべてのMEが「リーディングターゲット」と呼ばれる、野心的な成長と変革の目標を追求している。成長の目標は昨年の実績を基準に考えるのではなく、「外側から」考える。専門の調査ユニットが、製品ごとに世界中の成長率のデータを集め、それを使ってMEの成長目標を設定する。中国市場では、特定の顧客セグメントと製品カテゴリの規模と成長予測を、数千地域にわたって細かくボトムアップで計算して目標を導き出す。
自己変革型のMEは、売上と利益の成長速度が業界平均の410倍となることが期待され、実際の数値目標はそれぞれのMEの競争力によって決まる。ハイアールが出遅れている製品カテゴリや地域では、市場シェアを拡大する余地がたくさんあることから、目標は高めに設定される。ハイアールがリードしている分野や地域では目標値は低めになるが、それでも業界平均の数倍という値だ。
MEのリーディングターゲットは、変革的な要素も含んでいる。市場を直接相手にしているすべてのMEは、「エコシステム」事業となるために努力することが期待されている。その最初のステップはマスカスタマイゼーション*だ。
* マスカスタマイゼーション:大量生産による効率を保ちながら、 顧客の個別のニーズに対応すること。
ハイアールは先進的な製造方法に多額の投資をしており、いまや大半の工場は注文に合わせて生産することができる。次のステップは、継続的な売上につながるサービスを提供して、顧客をそのユーザーに変えることだ。たとえば、ヒートポンプを売っているMEであれば、リアルタイムのモニタリングサービスを提供して、顧客のオフィスビルのエネルギー効率を高めるといったことが考えられる。
究極の目標は、ユーザーをサードパーティのサービス提供者につなげられるプラットフォームの構築だ。その一例である「コミュニティ・ランドリー」は、中国の約1000の大学のキャンパスに、4万台を超えるインターネット接続の洗濯機を設置し、運営している。これを担当するMEチームは、学生たちが洗濯機の予約と支払いに使える人気アプリを開発し、いまでは1000万人以上となったアプリユーザーに、外部のベンダーがアクセスできるようにした。
今日では、コミュニティ・ランドリーのプラットフォームには、食事のデリバリーや寮の部屋向けの家具など、何十もの事業が参加しており、コミュニティ・ランドリーはそうした事業の売上の一部を受け取っている。同M Eは、このモデルを低価格のホテルにも広げている。また、日本やインドに展開する類似のハイアールのMEもコミュニティ・ランドリーのモデルを参考にしている。