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 人的資本開示の重要性が広く認識されるようになり、財務情報とともに非財務情報をまとめた統合報告書を発行する上場企業は1000社を超えている。しかし、その多くは統合報告書が「開示のための開示」になってしまっている。こうした状況をどう変えればよいのか。経済産業省で知的資産経営の開示ガイドラインの策定に参画してきた住田孝之氏と、知的資本経営のコンサルティングを行う船橋仁氏が、人的資本経営のあるべき姿について語る。

※本コンテンツは、2023年11月16日に開催されたHRテクノロジーコンソーシアム主催の特別プレミアムセッション「人的資本経営の新たな地平:人的資本と価値創造ストーリーの重要性」の内容を採録したものです。

非財務情報がなぜ重視されるのか

 初めに、住田孝之氏は企業の非財務情報が重視されるようになった背景について「大きく3つの潮流がある」と、次のように解説する。

 1つ目が、財務パフォーマンスのみでは差別化が難しくなり、一部の投資家が非財務情報に注目し始めたこと。2つ目が、特にヨーロッパで起こった、企業のお行儀を正すために非財務情報の開示を求める動き。3つ目が、人的資本をはじめとする非財務情報を通じて「その企業固有の価値創造を理解したい」との考え方の登場だ。

住田 孝之/住友商事 常務執行役員、住友商事グローバルリサーチ 代表取締役社長

通商産業省(現経済産業省)にて、産業政策、通商交渉、環境・エネルギー政策、知財・無形資産戦略、イノベーション戦略などに従事。2019年に住友商事に入社し、2021年4月より現職。経済産業省で知的資産経営の開示ガイドラインを策定し、統合報告の枠組み策定に参画。現在はIFRS財団のIRCC(統合報告と結合性のカウンシル)メンバーなどを務める。

「2000年代以降、この3つの論点が重なったところに財務的側面のみに注目することを否定する1つの事象としてリーマンショックが起こり、非財務情報の重要性が強く認識されるようになったといえます」(住田氏)

 コンサルタントとして多くの日本企業に接してきた船橋仁氏は、企業の視点から次のように述べる。

「人的資本による価値創造がビジネスの中心に据えられるようになった理由は2つあります。1つが、特に日本の製造業において優れた人材や技術があるにもかかわらず、財務的な成果が出ない時期が続き、自ら知的資本(価値創造の源泉)の可視化を求めるようになったこと。もう1つが、競争の中心領域が製品から「製品に付随する価値」に移り、それを生み出す創造性が重視されるようになったことです」(船橋氏)

統合報告書の意義は「価値創造ストーリー」を示すこと

 現在、日本で統合報告書を発行する上場企業は1000社を超えている。しかし、中には今でも、世間でいわれる非財務要素を受け身の姿勢で開示する報告書があり、「それでは開示する意味がない」と、住田氏は述べる。

「企業には財務的な資産の他に人的資産、企業文化や企業理念、特許技術などさまざまな価値創造の源泉があり、それらが他社との差別化につながる資産になります。企業は統合報告書で自社固有の非財務的資産をどのように価値創造に結び付けているのか、いわば『価値創造ストーリー』を示すべきなのです」(住田氏)

船橋 仁/ICMG代表取締役社長、ICMGグループCEO

リクルートにて総合企画、ビジネスインキュベーション事業創設ののち、2000年にICMG(旧アクセル)を創設。バランスシートに記載されない企業の実体価値を評価する手法「IC Rating」の日本版を開発し、知的資本経営の方法論を基に大手企業の変革を支援。東京証券取引所とともに証券リサーチセンターを2010年に設立し、知的資本ベースのアナリストレポートを通算1000本以上発行している。

 住田氏は「統合報告書で価値創造ストーリーを表現し、個性を打ち出している企業」の例として、「感動」をキーワードに据えたソニーと、ROIC(投下資本利益率)逆ツリーなど独自の価値創造モデルを打ち出すオムロンを挙げる。

 船橋氏は「日本で統合報告書の取り組みが始まって約10年たち、その内容に優勝劣敗が出てきている」と指摘する。

 規制者、投資家、企業、基準設定主体、会計専門家、学識者およびNGOで構成される国際団体IIRC(国際統合報告評議会)が、「統合報告のフレームワーク」をつくっており、日本企業もこれに沿ってレポートを作成することで、一定水準の統合報告書がつくれるが、現状では自社オリジナルの価値創造ストーリーを載せようと取り組む企業と、通り一遍の作業で済ませている企業と差ができているという。